根石さん(新しい英文法教材について)  投稿者:村田  投稿日:2008年 7月21日(月)23時06分38秒       通報
      先日電話でお話ししましたが、分室の方には小学4年生の子がいます。現在、ABCDの隠していない部分をすべて終えました。
この子に、新しい小学生向け文法教材をやってもらおうと思いますがいかがでしょうか。
ほんとに幼児から始める教室や、大手学習塾を渡り歩いて、素読舎にたどりついた子です。それまでのところはそれこそ、ネイティヴ相手に日常会話優先でやっ ていたりしたそうです。
最初の頃、それまでいた教室と比べて素読舎での練習を軽視しているそぶりがあったので、1度だけ「英語だけの会話」をその子とやったことがあります。結 局、決まり文句の組み合わせの域を出ていないように思えました。(同じ年頃の他の子と比べたら、確かに聞き取りなどはできてるんですけど)
今では、練習をきちんとやっています。
小さな頃から英語に触れさせるといっても、生活ぐるみでなかったら、あまり意味がありませんよね。その子の場合はむしろ、「中途半端に生の英語に触れてき たために」、生活ぐるみで英語を使っている家庭の子どもに対しての劣等感が育っていたように見えました。

「日常会話優先・ネイティヴと一緒にいればしゃべれるようになる」をかかげるところから、文法を扱うところ(素読舎)に来てくれた子と親御さんです。(こ の親御さんは、根石さんが以前に書いたパンフレットを書店で手にしてから、来てくれた方です。直接には広告を見てからですが)
上にも書いたように、ABCDは一通りやりましたが、Dが先日終わり、とりあえずスラスラ読めるという状態です。まだ身になっている状態ではありません。
その代わり、英語も日本語もスラスラ読むことができます。
今、新しい文法教材をやれば、時期的にも一番効果がわかりやすいと思うのですが、いかがでしょうか。



村田君  投稿者:根石吉久  投稿日:2008年 7月21日(月)23時56分45秒       通報
       作りかけですが、使いたいなら途中までの分を渡しますので、やってみて下さい。



根石さん  投稿者:村田  投稿日:2008年 7月22日(火)03時09分51秒       通報
      よろしくお願いします。


村田君  投稿者:根石吉久  投稿日:2008年 7月25日(金)03時10分6秒       通報
       今日話したことで、メモしなかったことをここに書いておきます。

・「小学生用文法教材」は、2万行程度のものとする。
・この教材は、中学の文法が身についていない大人が使ってもよい
・1行目から2万行目まで、繰り返しの回数を以下のルールに従って「素読」する
  日本語部分、説明部分 1回
  断片(単語・熟語など) 3回
  英文まるごと 5回
  不規則変化など 10回
・素読が2万行に届いたら、前半1万行と後半1万行に分割
・後半1万行分は、復習として再度1万1行目から素読する
・前半1万行は、ポイントを塗りつぶした教材を使って、塗りつぶしたところに語、
 文などを入れながら読む

 以上のメモは、ホームページを作った場合、教材の使い方の説明に使いますので、後でこの記事にアクセスできるように保存してもらうか、別のテキスト文書 にメモしておくかして下さい。


小学生向け英文法教材  投稿者:根石吉久  投稿日:2008年 8月 4日(月)14時37分1秒       通報
      小学生にも英文法がわかる

 小学生が英文法をやる場合、素読的方法が最良です。
 素読的方法の特徴は、以下の点にあります。

・その場で理解を求めない
・暗記をやらせない
・用語、理路に時間をかけてよくなじませる(準備に時間をかける)
・覚えようと思ったわけではないのに、覚えてしまったものが増えていく
・英文まるごとを少しずつ蓄積していく
・正しい理解は一瞬でいい(それで一生ものとして刻まれる)

 この方法以外に、小学生に無理がかからず、しかも必ず実を結ぶ方法はありません。
 江戸時代、素読は子供向けに大いに使われていました。その場で効果を求めない方法ですが、時期がくれば大きな実が実ります。子供が小さくても、害があり ません。

 小学生を対象とした「電話でレッスン」「スカイプでレッスン」のための教材作りを続けてきましたが、ようやく使えるだけの量ができました。お問い合わせ 下さい。

 お問い合わせ

   掲示板「大風呂敷」http://8100.teacup.com/ooburoshiki/bbs
   携帯電話  090−4181−5912     



小学生教材  投稿者:パクパク  投稿日:2008年 9月24日(水)22時21分11秒       通報
      従来の音読教材は、断片的な文章を集めたものでした。
素読舎の小学生用教材は、外販されるのでしょうか?
別に小学生でなくても、使えるとおもいます。

http://www.crell.jp


パクパクさん  投稿者:根石吉久  投稿日:2008年 9月25日(木)00時31分46秒       通報
      私の作成した教材も断片的なものと言えば断片的なものを集めたものです。
この教材は単純に外販しても意味がないと思っています。
あくまでも素読を元に据えたレッスンを前提にして作ったものですから、素読に関する理解が広まらないとどうしようもないだろうと思います。
ひとまずは私や妻や村田君が塾の生徒や「電話でレッスン」「スカイプでレッスン」の生徒を相手に使うだけです。

しかし、広がりをもたせたいという考えはあります。
素読を元に据えた英語の塾をやりたいというような人になら、お渡ししても意味があるだろうと考えています。     


素読と意味  投稿者:パクパク  投稿日:2008年 9月27日(土)07時07分6秒       通報
       右手に素読、左手に文法が、基本の英語学習スタイルと

 されているが、(斎藤孝+斉藤兆史)


 私の考える、素読の定義だけはっきりさせよう。



 音読:意味のわかる英文を読む。意味は、日本語で理解する。



 素読:意味のわからない英文を伴奏読みをする。このとき、文字は見る。



 ポイントは、日本語の意味を考えないで、
 音列だけを文字を見ながら口におぼえこませる。
 生徒には、苦痛感をあたえる。
 子供でも、大人でも、嫌がる。

 生徒と迎合すると、日本語の意味先わたしになる。
 ついでに、素読を封建的方法として、排除する。

 したがって、小学生向け英語素読教材の内容が興味あるところである。

http://www.crell.jp
    


パクパクさん  投稿者:根石吉久  投稿日:2008年 9月30日(火)02時00分34秒       通報  編集済
      おっしゃっていることの意味がわかりません。
ご本人にはよくわかっているのだと思います。
あまりにも一語一語の意味があいまいなので、要請があれば、一語一語についてどこがどうあいまいなのか言うことができますが、今の私の生活状況では、 ちょっとご勘弁願います。
赤貧洗うがごとしの一歩手前を生きております。
あいまいな言葉につきあっている時間がありません。     


意味のわかる英文を素読の対象にするのだろうか?  投稿者:パクパク  投稿日:2008年 9月30日(火)07時42分37秒       通報
      素読の定義は、人さまざまでしょうが、
意味がわかる英文を読み上げるのは、音読。
意味がわからない英文を読み上げるのは、素読の必須要件。

音と意味との連結は、別工程で行い、
素読工程のときは、意味は考えず、音と文字に集中する。
(コーチの音をきいて、文字をみながら、口にだす。)

以上が私の考える素読の定義です。

そこで、小学生向けの素読は、どのような英文を
対象にしているのかを興味をもったものです。


パクパクさん  投稿者:根石吉久  投稿日:2008年10月 1日(水)02時15分25秒       通報  編集済
      >ポイントは、日本語の意味を考えないで、
 音列だけを文字を見ながら口におぼえこませる。
 生徒には、苦痛感をあたえる。
 子供でも、大人でも、嫌がる。

 「日本語の意味を考えないで」についてですが、日本語の意味は考えていいのです。
 その後にどうするかが肝心なところで、日本語から得られた意味をどう分解し、どう配分し、英文の要素と混ぜ合わせ溶かすかということがポイントになりま す。
 私の作った教材をここに貼り付ければいいのですが、膨大なものなのでできません。代わりに、少しここで教材作成を演じてみます。
------------------------------------------------------
I play baseball. 私は野球をする。

遊ぶ  play
スポーツなど「する」ときも play
野球  baseball
野球をする  play baseball
------------------------------------------------------

 もういきなり、I play baseball. に対して「私は野球をする」という記述があるので、これは「訳先渡し」です。
 I play baseball. は、「英文まるごと」の部分ですが、この部分は、こちらが一度読んだら、生徒に5回以上繰り返し読ませています。「私は野球をする」の部分はコーチも生徒 も一度読むだけです。
「英文まるごと」の部分を5回以上読ませる間に、「音づくり」(生徒の音を変える)の必要があるときは、それをやります。口の筋肉のどこをどうしろと言っ たあと、ある程度まで問題が解決すれば、再び生徒に5回以上読ませます。この「ある程度まで」のところは説明ができません。ひとつの音に半年程度の時間を 平気でかけることがあります。時間をかけてひとつの音を料理し、完全に解決するということをするのですが、まったくの初心者相手では、ひとまず「ある程 度」変われば、あるいは、問題点を生徒が自覚すれば、先へ進みます。
 「遊ぶ」と play を突き合わせた後に、スポーツなら「する」となるというふうな記述があります。これは文法とか語法とかしかつめらしく言うほどのものではないものですが、 ここで英語と日本語との間に一対一対応が成り立たないということを読み取る生徒はいるだろうと思います。そこまで読み取るか読み取らないかは生徒にまかせ ておきます。何も考えず、英単語を含んだ日本語の文を繰り返し言っているのでもひとまずはOKです。練習ではコーチは口で説明などすることはめったにあり ません。生徒はコーチと一緒に、記述されたものをあるルールに従って、どんどん先へ読んでいきます。そういうふうに使えるように教材を作ってあるわけで す。
 肝心なことは、初心者は、『スポーツなど「する」ときも play』という部分も5回程度繰り返し読むことです。
 これは日本語です。理路を含む日本語も、一定以上の長さのものは繰り返し読みます。それが5回なのか3回なのか1回なのかは、生徒の理解の進展度によっ て変わっていきます。これだけの長さの日本語でも、小学3年生くらいだと、途中で読みがとぎれたりします。その場合は、7回とか10回とか多く読ませるこ ともよくやります。練習が進んでいる生徒の場合は、こういう「解説部分」は0回としてしまうこともあります。黙読して理解すればそれでいい、という段階に いる生徒にはそうします。

 「音づくり」でもそうですが、理路の扱いでも、一人一人の生徒をよく見て、生徒の状態に応じていきます。ここが職人仕事と言える部分かと思っています。

>ポイントは、日本語の意味を考えないで、
 音列だけを文字を見ながら口におぼえこませる。

 私が作っている教材は、訳も解説もついているもので、英文の「音列」だけ扱うものではありません。

------------------------------------------------------
I play tennis. 私はテニスをする。

I play baseball.
スポーツなど「する」ときも play
テニスをする  play tennis
------------------------------------------------------

I play tennis. という初出の英文の「説明部分」に、I play baseball. が「訳なし」で登場します。
教材を進めれば進めるほど、「訳なし」の(既習の)文がどんどん並ぶようになります。その段階では、日本語を介在させずに、play なら play のイメージが「瞬間化」されることをねらっています。

------------------------------------------------------

>生徒と迎合すると、日本語の意味先わたしになる。
 ついでに、素読を封建的方法として、排除する。

 「生徒と迎合する」というのは、「生徒に迎合する」ということをおっしゃりたいのでしょうか。
 「ついでに」というのは、「日本語の意味先わたし」をする人たちが、「ついでに」・・・「排除する」なのでしょうか。

 「誰が」そうしているのかがまったくわかりませんでした。
 「排除する」というのは、誰が排除するのでしょうか。斎藤孝と斉藤兆史がでしょうか。
 普通に読むと、「日本語の意味先わたし(?)」をしている人が「ついでに」やることのように読めます。それでいいなら、一般に「日本語の意味先わたし」 をやる人たちは、素読を封建的方法として排除しているのでしょうか。そんなことはないだろうと思っております。

 また、「意味先わたしになる」という時の、「意味」を渡すということの意味がよくわかりません。
 普通「訳先渡し」と言っていることでしょうか。「訳」を渡すことと「意味」を渡すことは違うことです。「訳」は具体的な言葉であり、解釈やうまい下手に より、さまざまな異形が生じますが、「意味」というものは、そういう雑多な具体性から抜け出して、人々の間に共有される無形のものだと考えています。共有 される無形のものがあるから、辞書というものが成立するのだろうと考えています。
 「意味」というものは無形ですから、「先わたし」だろうが、「後わたし」だろうが、言葉を介して渡すことはできないものだとも考えています。渡すことが できるものは、「訳」であり、「近似値」であろうと思います。辞書もそう出来ています。「説明」や「解説」が渡せるものは、概念という「近似値」であり、 「意味」そのものではありません。「意味」そのものは、言語使用によって、つまり「体験」によって無形のものとして意識に動くだけのものです。意識からみ た外在物(文字や音)「以前」の、あるいは外在物「以後」のものです。「意味そのもの」が外在物になることはないのです。だから「以心伝心」ならともか く、ブツとしては渡せないのです。
 「意味」という一語で、私の中にこれだけの混乱が生じ、これだけ考えて整理する必要が生じてしまいます。もう少し「あいまいさ」をどうにかしていただき たくお願いします。

>音読:意味のわかる英文を読む。意味は、日本語で理解する。

 「意味は、日本語で理解する」場合に、それが「意味のわかる英文」になるのでしょうか。
 そういうものは、「意味のわかる英文」とは言わないと思います。
 英文から「意味」が生じて意識に動く場合が、「意味のわかる英文」だろうと思いますが。

 と、こういうふうに重箱の隅をつっついている時間がとれないということです。
 今日は、ちょっと気が向いたので、やってみました。     



パクパクさん  投稿者:根石吉久  投稿日:2008年10月 1日(水)02時30分51秒       通報
       9月30日に書かれたものについても、先ほど書いたものでお答えになっていると思いますが、もう少し。

>素読の定義は、人さまざまでしょうが、
意味がわかる英文を読み上げるのは、音読。
意味がわからない英文を読み上げるのは、素読の必須要件。

 素読は、「意味がわからない段階」も許容するということだと思います。
 「意味がわからないものを扱わなければいけない」ということではないと思います。
 意味がわかるものを扱うには音読がよく、意味がわからないものを扱うには素読が向いているというのはその通りだと思います。

>音と意味との連結は、別工程で行い、
素読工程のときは、意味は考えず、音と文字に集中する。
(コーチの音をきいて、文字をみながら、口にだす。)

 この「連結」がどう起こっているかは、コーチにはわからないのです。コーチにやれることは、これが「起こりやすくする」ということです。
 「連結」は生徒にまかせるしかないことです。
 「別工程」の場合も「同工程」の場合もあるでしょう。     



素読を封建的として排除  投稿者:パクパク  投稿日:2008年10月 1日(水)07時28分54秒       通報
      以前、齋藤孝氏の音読ブームがおきたとき、
彼の著書のなかでは、
素読を明確に否定していました。

それは、素読が意味のわからないものを読ませるので
封建的であるかのような記述を著書のなかでしていました。

私の大学時代の友人で、親から素読を受けたものが
いました。
「非常に苦痛だった」
と言っています。
素読にコーチがいるのは、音を与える機能と
子供に強制させる機能の2つがあるとおもいます。
意味の解説などはしないのです。

そもそも、四書五経などは、母語で考えたからといって内容がわからない。
素読の目的も、文章を暗記させることではない。(結果として暗記できるが
目的にない)

私は、この意味のわからない、比較的長文を年端もいかない子供に
やらせる意味があるとおもっています。
想像するに、英語圏では、まだ素読の文化がのこっており、
素読英語題材では、シェークスピアのシーザーの演説などを
読み上げさせるのでしょう。
(シーザーは、演説が非常にうまい。)

しかし、これを日本の現在でおこなっていては、誰も金を出してやりたくない。
(試験の成績があがるわけではない)     



意味と訳  投稿者:パクパク  投稿日:2008年10月 1日(水)19時33分59秒       通報
      素読のわかりやすい解説ありがとうございました。
また、意味と訳の違いの考察も大変参考になりました。



matsu さん、らくださん  投稿者:根石吉久  投稿日:2008年10月 3日(金)21時55分51秒       通報  編集済
       息子さんたちに、来年の新学期に、私が新しく作った教材でレッスンしたいという話をしてありましたが、教材が整ってきましたので、今の時点 で切り替えたいと考えています。
 私の教材は、中学の教科書そのままの文が出てくるのではないので、学校の授業では、お子さんたちは、「ああ、レッスンのあれと同じもの(文法)だな」と いうような応用をすることになります。応用力がつくと思います。
 matsu さんのお子さんの場合で考えると、レッスン開始時に、学校の授業が扱っているところから始めたのですが、どうしても学校の方が進度が速く、私のレッスンが 後から追いかけている状態になっています。レッスンでの英文の扱い方はかなりていねいにやっていますので、今後、私のレッスンが学校よりも先のところをや るということにはならないだろうと思っています。らくださんのお子さんの場合も、このまま継続していった場合は、いずれ、私のレッスンが学校の後を追いか けるという形になるだろうと思います。
 新しい教材は、中学の文法の全体を先にざっとやってしまうという作り方をしてあります。この教材でレッスンした場合は、学校と前後することはしばらくあ りますが、大事なポイントだけざっとやってしまった後では、先ほど言ったように、お子さんが、「ああ、これはあれだな」と自分で応用できるようになると思 います。
 また、多分どこの中学でも同じだと思いますが、3年生になると、テスト問題が教科書べったりではなくなります。こういうタイプのテストには、教科書べっ たりのレッスンよりも、日常的に生徒に応用を要求している素読舎の自作教材の方が向いています。

 小学3年生くらいから使える教材を作りたいという考えと、4年ごとに教科書が変わってしまうという問題にわずらわされないで済むという考えがあって、自 分で新たに教材を作ってきたわけですが、今の時点で切り替えさせていただけたらと願っています。

 教材はCDRに焼いてお送りする予定です。
 最後の詰めの部分を作っており、まだ完成したわけではありませんので、いずれ完成しましたら、全体を再度お送りします。

 レッスンの30分を5分、15分、10分に分割します。
 最初の5分をこれまでやってきた教科書の範囲の復習にあてます。この復習では、日本語を扱わず、私が1回言った文を生徒が5回繰り返したら、すぐ次の文 に移ります。わずか5分ですが、結構進むと思います。
 次の15分を、私の自作教材の最初の方から使用します。中学1年の最初から扱うことになります。
 次の10分で、今学校がやっている文法事項を含むあたりから先をやります。これで、先にざっと中学全範囲を片付けて、だんだん肉付けしていくということ をねらいます。

 またご兄弟がいる場合、電話機をスピーカーフォン(てぶらフォン)に変えていただけば、弟さんあるいは妹さんも一緒にレッスンができます。弟さんや妹さ んは、5分、15分、10分に分割した15分のところに参加していただきます。小学3年生以上なら一緒にできますのでご検討下さい。レッスン代金は二人で 使ってもらっても変わりません。

 できたら、お子さんがコンピュータ画面を見ながら、レッスンを受けるのを許可していただけたらと願っています。コンピュータを使った場合、「検索」機能 だけ使えるようになれば、教材の中を自由に動き回れる利点があります。他のことはしていただく必要はありませんが、「検索」機能は非常に役に立ちますの で、できたら画面でテキストを見ながらレッスンを受けてもらえたらと願っています。

 急いで書いたものですので、漏れがあるかと思います。不明の点は、掲示板上でお問い合わせ下さい。(掲示板は毎日見ておりますが、メールはたまにチェッ クするだけになっていますので。)

 よろしくお願い致します。     



根石さん  投稿者:らくだ  投稿日:2008年10月 3日(金)23時34分20秒       通報
      本日もレッスンありがとうございました。

金曜の夜は、帰宅時に「レッスンどうだった?」と聞くのが息子への挨拶がわりになっています。中1のガキンチョの返事はご多分にもれず「普通。。」なの で、最近は「普通ってこたえんじゃねーぞ」と釘を刺してから聞くようになりました。

2週間ほど前に、復習がうまくいかず、書く練習をするようにアドバイスを受けたとのこと。夏休みには結構宿題が出ていたようで、部活+宿題でお腹いっぱい といった風情でした。自主練習を全くサボっていましたが、後半には怪我の事もあって気が乗らないようでしたので、放っておきました。夏休み明けに期末試験 があり、それも終わりましたので、教科書の単語のおさらいを再開しています。

今日は復習のところはうまくいった、と言っていましたが、まあ話半分に聞いておく事にします。

ちょうど「来年からは新しい教材になると思うよ」「うん、そうみたいだね」「教材が変わっても、教科書は教科書で中3までちゃんとやれよ、せっかく練習の しかた教わったんだから」などと話していたところです。

新しい教材、楽しみです。教科書だけよりも勉強にぐんと厚みが増すのではないかと期待しています。

コンピュータ使用、考えてみます。自由にさせておくと、勝手に立ち上げて、ずーっとYouTubeで音楽とお笑い三昧になりますので、先日、起動時のパス ワードをかけて撃退してやったばかりです。

これでまた「根石先生の練習だよ」などといいかげんな事をいいながら、お笑いネタを仕込むのだろうと思います。     


らくださん  投稿者:根石吉久  投稿日:2008年10月 4日(土)01時50分28秒       通報
      息子さんとの楽しいやりとりが目に浮かぶようです。
CDRに教材を焼いて明日お送りしようと思ったら、CDRがないのに気づきました。
明日買ってきて、焼きますのでよろしくお願いします。



根石さん  投稿者:matsu  投稿日:2008年10月 4日(土)08時41分5秒       通報
      了解しました。
できれば、今のところは、本人の復習等の使い勝手も含めて、
プリントアウトした教材を使わせていただけたらとは思います。

おかげさまで、学校の定期試験の方でも結果が出てきたようで、
何より本人の励みになっています


根石さん  投稿者:らくだ  投稿日:2008年10月 8日(水)22時39分50秒       通報
      新しい教材が届きました。ありがとうございます。

今週のレッスンでは、まだ使用しないと考えてよろしいでしょうか。     



matsu さん  投稿者:根石吉久  投稿日:2008年10月10日(金)23時40分47秒       通報  編集済
      パソコンの準備ありがとうございました。
息子さんに、今日のレッスンの終わったところに☆印を記入してもらってあります。
また、次回から始めるところ(今、学校が扱っている文法事項の記述があるところ)にも☆印を記入してもらってあります。(枠番号で言うと、21と238で す。)
一週間の間にワード(かメモ帳)の検索機能で、英単語、文法用語、☆印などを検索語に与えて検索する練習をしておいてもらうように息子さんに伝えてありま すので、手伝っていただけると有り難く思います。
特に☆印を検索することは毎回ありますので、よろしくお願いします。
☆印はレッスンの始めに消し、レッスンが終わったところに記入しておいてもらうようにします。こうしておけば、レッスンを始める場所を簡単に探せますの で、普段は教材の中を検索機能で動き回ることができます。
一回のレッスンで扱う場所が二箇所ありますので、プリントアウトしたものを使っていると混ざってしまい、前後がわかりにくくなると思います。できることな らパソコンの画面で使っていただくのが有り難いです。

 息子さんのテストの点が伸びたようでうれしいです。テストの点のためのレッスンではなく、学校以後に生き残れる英語力を作るレッスンですが、テストの点 が子供の心理に及ぼすものはあり、点が伸びるとやる気が出たりするものですので、私は軽視しておりません。
 そろそろ伸びてくるんじゃないかなと思っていたところでした。
 学校のテストの平均点が落ちているときに、息子さんの点が伸びたのであれば、間違いなく実力がついてきていると思います。平均点の動きと照らし合わせて いただけたらと思っています。


ノンノン母さん  投稿者:根石吉久  投稿日:2008年10月10日(金)23時55分32秒       通報  編集済
      matsu さん宛ての記事にありますように、娘さんにワードかメモ帳の検索機能に少し慣れておいてもらえたらと思っています。
私の仕事は、レッスンをする以外に、教材を作ることです。教材がきちんとしていなければ、「電話でレッスン」も「スカイプでレッスン」も成り立ちません。 娘さんにお送りした教材は2万行ほどのものですが、ご夫婦で使っていただいている教材は10万行を越えています。このあたりからかなり高度な英語を扱って いきます。
娘さんにお送りした教材を読んでいただけたようでうれしく思っています。
今度の小学生向けの教材は、いきなりわかるということが起こるようで、塾で使用していても子供が練習を嫌がりません。ようやくいい教材を作れるようになっ たのではないかと手前味噌で思っています。     


学校の教科書  投稿者:らくだ  投稿日:2008年10月22日(水)19時57分0秒       通報
      新しい教材「小学生用文法教材」への切り替えで一つ疑問が出てきました。

これまでは、学校の教科書=素読舎のテキスト、の関係がありました。ですので、学校の予習として、復習として、また中間・期末の準備として教科書を使う際 も、常に素読舎のレッスンが下地にありました。たぶん、学校の英語の授業は下地にはなっていなかったと思います。

今後、英語の学習全体の中で学校の教科書をどう位置づければいいのだろうか、ということを考えています。今後も核になるのは素読舎レッスンということにな ると思いますが、どうも、教科書の存在が「浮いた存在」になってしまうような気がします。縁を切るわけにはいかず、かといって、有効に機能させることが難 しい、といった印象です。

なぜ、そのように感じるかと言いますと「音」の問題があります。これまでは、教科書準拠のCDがあっても使わず(現段階では使わない方が良いという根石さ んのお考えに沿って)、レッスンで示される根石さんの「音」を頼りに学習を進めて来ています。

学校の先生の「音」は媒介にできそうにありません。先生の発音の善し悪しはともかく、授業形態からそう言えると思います。かといってCDをまねすることも 望ましくないとしますと、教科書の学習は何を手がかりに取り組めばいいでしょうか。

質問を変えるならば、自分で「音」が作れるようになり、CDを媒介とした学習をしても、それが邪魔にならず有効に機能するようになるまでに、一般的にどの 程度の期間(だいたいレッスン開始後何十カ月など)がかかるものでしょうか。個人差もあると思いますが。

また、たとえば、あと1年ぐらいだろう、と仮定した場合、それまでは教科書の読みについてはあまり深入りしない、ないし、現段階でレッスンを通して身に付 いている「音」プラス自己流の音(=学校英語的「音」)で行っておき、CDの音を使えるようになった時点で、その音を参照しつつ、まとめて復習(読み込 み)を行う、という考え方になるでしょうか。


らくださん  投稿者:根石吉久  投稿日:2008年10月24日(金)01時45分32秒       通報  編集済
       ご質問ありがとうございます。

 今後も、「電話でレッスン」が下地になると思います。音についても、文法についても、下地になる質は備えています。「電話でレッスン」が下地になれば、 おのずから教科書の位置づけもできると思っています。教科書のテキストが浮いたものになるかならないかは、息子さんが教科書をどれだけ使い込んでもらうか にかかっています。
 「電話でレッスン」で下地を作りますので、下地ができてきたら、「電話でレッスン」で手に入れた方法で、教科書の文をどんどんやってもらうことを期待し ています。まだ少し薄いですが、下地はできかけてきています。

>なぜ、そのように感じるかと言いますと「音」の問題があります。これまでは、教科書準拠のCDがあっても使わず(現段階では使わない方が良いという根石 さんのお考えに沿って)、レッスンで示される根石さんの「音」を頼りに学習を進めて来ています。

 息子さんの音はかなり自覚的になってきています。私のレッスンを二年くらいやってから、教科書準拠のCDを媒介にするのが通常ですが、息子さんはかなり 音楽的センスがいいです。だから、もうそろそろCDで練習してもらっても構わないかなと思っています。もう自分でどかどかやっても害にはならない(自己流 にならない)程度にはなっています。

>教科書の学習は何を手がかりに取り組めばいいでしょうか。

 私の自作教材から息子さんが得た感覚が手がかりになると思っています。

>また、たとえば、あと1年ぐらいだろう、と仮定した場合、それまでは教科書の読みについてはあまり深入りしない、ないし、現段階でレッスンを通して身に 付いている「音」プラス自己流の音(=学校英語的「音」)で行っておき、CDの音を使えるようになった時点で、その音を参照しつつ、まとめて復習(読み込 み)を行う、という考え方になるでしょうか。

 これを読んで、ああ、そろそろ「あいうえおフォニックス」を息子さんに伝授しようかなと思いました。「あいうえおフォニックス」を伝授した後では、音の 基盤はどの人もかなりしっかりしてきます。中学生には「あいうえおフォニックス」の全体について、二度、三度、同じことを言うつもりです。
 音の基盤がしっかりしてからは、CDを使ってもらっても、自己流にはなりません。ネイティヴ音との間にはかなり距離がありますが、「電導性の音」で言え るようになるでしょう。
 私がレッスンで扱った範囲の前半か、前半3分の2程度は、今のうちにやれば、字を見ずに音だけを聴いて、その音を自分の口から出すという練習ができま す。音だけに関してなら、それだけの分量でも、十分に鍛え込むことが可能です。
 教科書にどの程度喰らいつくかの基準は、字を見て繰り返し繰り返し読み、暗記したのではないのに、いつの間にか口がなめらかに動く程度まで読み込み、そ の後でCDを聴いて、字を見ずに媒介にするというやり方がおすすめです。これを、教科書の「電話でレッスン」で扱わないところに対してやっていただけば強 力です。
 その後で、「わざとゆっくり読み、その分だけイメージを濃くする」という練習をやって欲しいのですが、これについては今回は詳述しません。

 繰り返しますが、私のレッスンが下地になりますので、CD音を媒介にする際に、やたらな自己流の音にはなりません。
 「電話でレッスン」は私の自作教材で行い、教科書は自習ということで、全体としてこれまでより練習の立体性ができると思っています。そうするためのアド バイスは適宜息子さんに対してしていきます。

 息子さんの英語の練習の全体像としては、教科書を相手にしてやる練習は、「電話でレッスン」から生える太い枝の一本だと思っています。


 不明の点は再度お問い合わせ下さい。     


根石さん  投稿者:らくだ  投稿日:2008年10月24日(金)13時06分20秒       通報
      ありがとうございます。

>もう自分でどかどかやっても害にはならない(自己流にならない)にはなっています。

いや..どかどかどころか、放っておくと何もしないんです。せっかくレッスン受けているのに勿体ないなあと。そこで、少しはゲーム感覚を入れようかと思い まして、カードを買って来て単語カードを作らせ、ピンポン!ブブー!とかやっています。

思ったより教科書の単語は覚えているようで、学校でもクラス一番の優等生君と単語の意味当てでは互角みたいです。別に覚えようとして覚えたわけではなく、 レッスンで扱ったところは自然と定着しているようです。

ただ、教科書の最後の方はまったくで、そもそも読み方がわかりません。それこそ(some そめ?)という状態ですので、私がいい加減な発音で教えるよ り、単語の読み方ぐらいはCD聞かせてもいいかな、と思った次第です。

CDに関しては半分解禁と捉えて、最低限、必要を感じる場面で使うようにします。



らくださん  投稿者:根石吉久  投稿日:2008年10月28日(火)01時26分44秒       通報
      >いや..どかどかどころか、放っておくと何もしないんです。せっかくレッスン受けているのに勿体ないなあと。そこで、少しはゲーム感覚を入 れようかと思いまして、カードを買って来て単語カードを作らせ、ピンポン!ブブー!とかやっています。

 放っておくと何もしない場合は、放っておくのがいいのではないかと思っています。子供は「おやじがまた俺の世話を焼き始めたな」と思って、親につきあう ということをしますが、その程度で語学が成就することはないだろうと思います。
 要は、相撲で言う地力の問題だろうと考えています。地力がついてきて、ようやく子供に意欲が生じるのです。子供だけではありません、大人でも同じです。
 私の生徒にキリピーというあだ名の生徒がいますが、中学の文法もぼろぼろという状態で始めて、もう4,5年になります。この頃になって、ようやく自分の 英語の力に不満を持つようになり、中学の文法にまともに喰らいつきたいという気持ちを持ってくれるようになりました。自分の英語の力に関して持つ不満が、 レッスンへの不満となりがちで、それでやめてしまう人もありますから、自分の英語に不満が生じているのはいいことなんだと、今日のレッスンで話しました。 始めた当初は、英文の構造がつかめないとか、イメージが瞬間化されないことに何の不満も持っていなかったはずだと言ったら、そうだと同意してくれました。 仕事を持ちながらのレッスンだと、その「初心」を抱くことが可能になるまでに、4年も5年もかかることはよくあることです。
 不満が生じているのは、喰らいつけば喰らいつけるようなきっかけというものができてきたからだと、今日キリピーに伝えました。
 地力ができてくれば、自然に自分の英語力に不満を持つようになります。不満は意欲の変形で、不満の元に意欲が生じています。それを待つのが得策だと私は 思っています。

 それともう一つ気になったのは、ゲーム感覚を入れようとして始めた単語カードの使用方法でした。
 カードを使って、「ピンポン!ブブー!」をやるとなると、英単語を言い、それに該当する日本語を言わせるという形になりがちだと思います。
 英単語を聞いて、その単語の「イメージの核」が生じ、さらにそれを日本語に換えるいう過程をたどっているのなら問題ありません。しかし、それは現段階で は非常に難しいと思います。英単語を聞き、イメージ核を経ることなく、英単語に対応する日本語を言う「反射運動」になる危険性は非常に大きいと思います。 この「反射運動」が非常にまずいのです。

 その逆なら比較的害は少ないと思います。日本語を言い、英単語を言わせる場合なら、どれほど薄いものであっても、日本語によってイメージが動きます。そ れは英単語の「イメージ核」とはずれています。意識されないほど薄くても、イメージが動いて、その後に(ほぼ同時にですが)、英単語を言うことになりま す。薄くてもずれていても、イメージ形成を経ていますから、害は少ないと思います。(英単語そのもののイメージの核から外れたところを思考が動くので、効 果はあまり期待できません。)
 やはり、おすすめしたいのは、英単語を言いながら書くことをいっぱいやることです。その過程で「こんな感じ」というものを感じる練習が最上だと思いま す。これは、一人でやる練習であり、親やコーチが介在しないものです。もしやりたがらなければ放っておかれるのが最良だと思います。地力ができて、不満 (意欲)が生じれば、自分でやり出すでしょう。地力ができても不満が生じない人は、語学に向かないだけのことです。しかし、語学は非常に大きな間口を備え ており、地力ができてくれば、ほとんどの人が自分の語学力に不満を持つようになります。つまり、意欲が生じてきます。

>思ったより教科書の単語は覚えているようで、学校でもクラス一番の優等生君と単語の意味当てでは互角みたいです。別に覚えようとして覚えたわけではな く、レッスンで扱ったところは自然と定着しているようです。

 私は、文全体の音づくりを絶えず行い、それを解析し、部分に分け、文法を媒介にして、生徒に総合させるということを繰り返しています。その過程で、単語 なら単語のイメージ核に近づいていくのだと思います。「自然に定着している」のは、方法がもたらしたものだと思います。
 カードを使って、英単語を言い、それに該当する日本語を反射的に言わせるようなことをやると、日本語を「媒介にして」、英単語のイメージを生じさせ、イ メージにとどめ置こうとする私のねらいが崩されてしまいます。英単語そのもののイメージができかけているときに、「反射運動」をやると、せっかくできかけ ているイメージが日本語に引き戻されて、無化されてしまいます。
 英単語から日本語でなく、日本語から英単語なら害は少ないと言いましたが、こちらでも効果は薄いものになると思います。こういう「反射」で作られる知識 量というものは、上級者では問題ありませんが、初心者のレベルでやると、後に害となることが多々あります。

>CDに関しては半分解禁と捉えて、最低限、必要を感じる場面で使うようにします。

 CDの音を「媒介」にするのは、もうどかどかやってもらって結構です。
 半分解禁でなく、解禁だとして下さい。これは息子さんが音の感覚がすぐれているから、早期に可能になったものだと思います。
 教科書掲載の文そのものでなく、私の自作教材の文を練習していくのでも、英語の力(地力)は徐々に形成されます。それが、自己流の読みを阻止しますの で、some がソメになるのはレッスンだけでも最終的に阻止できます。
 お父さんの「ソメじゃねえんだ、サムだ」というアドバイスは有効です。正確な音でなくても有効です。「俺の音は学校英語の音だからその点に気をつけろ」 と言っておけばいいと思います。学校英語の音は、息子さんは学校に行けば日常的に浴びてしまうわけですから、お父さんが「サム」と発音しても大した害には なりません。「ソメ」を阻止するには大いに有効です。
 「ソメじゃなくサム」と知ることは息子さんの英語力を培うのに有効です。息子さんの英語につきあうなら、こういう大雑把なところ、しかし、決定的に違う ものが違うとわかるようなところで力を貸していただければ有り難く思います。お父さんも息子さんも、気持ちがゆったりゆっくりしているのが今はいいと思い ます。

 学校の点が気になるかもしれませんが、いずれ点はとれるようになります。     



らくださん  投稿者:根石吉久  投稿日:2008年11月 1日(土)00時31分4秒       通報
       疲れたので、今日は薪をいじりませんでした。ようやく掲示板に向かう気力が生じました。

 検索語のアドバイスありがとうございます。

 カードを使ったやり方が、英単語から日本語を言うというやり方ではないとお聞きし、ひとまず安心しています。
 今日レッスンの時、息子さんに、どんなやり方なのかと聞いてみました。最初に私が、日本語の単語を二つか三つ言って、英単語を一つ言うというやり方がい いと言いましたところ、そういうふうにやっているとのことでした。カードを使ってやるやり方ではそれがベストだと思います。常時、二つ、三つの日本語に一 つの英単語が対応していることで、日本語の単語と英単語が一対一対応ではないことがわかりますし、本当に一対一対応するのは、イメージとの間だけだという こともだんだんわかってくれると思います。
 クラスのよくできる人と単語を言い当てることをやって互角だとのことでしたので、その時に思い出す単語っていうのは、俺が「言いながらたくさん書いて、 こんな感じってのを感じる練習」をしてくれって言ったときに、その練習をして覚えたものじゃないかなと聞きましたところ、そうだとのことでした。
 放っておくと何もやらないとお父さんが言っていたけどと言ったところ、「そんなことを言っていたのですか」と聞き返されました。お父さんともカードを 使ってやってるけど、一人でもやってるとのことでした。
 カードを使うやり方では、日本語の単語を複数書いたものを目で見て、英単語を口で言うというやり方だそうですが、そして、それがベストだと思いますが、 このやり方では頭脳だけが働いて、「言いながら」とか「書きながら」というときの身体の動きが伴いません。
 身体の動きと共に、イメージ、音、綴りなどを渾然一体にしてしまう方が、意識に長く根を張ります。ですので、「俺の言ったやり方と、カードを使う今のや り方を両方やってくれ」と息子さんには話してあります。いったん、身体の動きとともにとりこんだものをカードで瞬間化するというのが一番いいと思っていま す。身体を動かしながらというやり方をやめないで続けてくれとも伝えてあります。

 実名ではないので、息子さんの様子をまた掲示板に書いていただくことをお願いしたいと思います。具体例を相手に考えることで、私の語学論は作られてきた ものです。大学の研究室などで、書物だけを相手にしてこねたものとはその点が違います。もし、私の語学論に普遍性のかけらでも宿ることがあるとすれば、具 体的な現場を経た普遍性です。素読という方法も、私の身体において実現したことが、果たして自分の身体以外の身体で実現するものかどうかを考えて選びとっ たものです。

 他の生徒さんやその父兄の方々があまり掲示板に書いて下さいません。私はどなたにも書いていただきたいとお願いしているのですが、なかなか登場して下さ いません。おっくうなのが一番の理由かなと推測しています。もっと登場して下さる方がいいのですが。

 息子さんと matsu さんの息子さんに、7回連続でレッスンを受けたときに、200行ジャンプを適用しようと思っています。英単語や文法用語で検索し、教材の中を動き回れるよ うになってもらえれば、それをやっても大丈夫だろうと考えています。検索機能を使って、教材の中を動き回れるようになったときも、「言いながらたくさん書 いて、こんな感じってのを感じる練習」を多用してもらいたいとも考えています。

 先行する部分へ、早く後続の部分をくっつけたいと思い、ジャンプの適用を考えたものです。自習を始めてくれることも期待しています。ご意見をお願い致し ます。     



教科書の自習  投稿者:らくだ  投稿日:2008年11月 7日(金)22時31分18秒       通報
      これから少し英語の自習について考えたり、根石さんに質問したりしたいと思っています。

今回は教科書の自習についてです。新しい教材に移行することで、学校の教科書については、既習部分の復習以外はレッスン対象から外れたと聞いています。そ こで、今後、教科書の学習についてはどうしようか、と考えています。

教科書の自習は復習に徹する、と考え、進度を学校の授業に合わせる。授業で一通り学習したレッスンについて、復習としてCDを聞いたり、回転読みをした り、回転書きをしたりする。それが良いかと考えました。

ところが、昨晩、こんなことがありました。息子が「教科書の読み合わせつき合ってよ」と言うのです。「オーケー、でどこやる?」「Open your textbook to page 78.」「ん?ここ、レッスンやってないし授業でもまだじゃないの?」そりゃ無理だろ、と思ったのですが意外とやるもんです。時々つっかえたり、読み方が 分からない単語があるものの、レッスン8から最後まで読み切りました。「へー、読めるんだ。でも意味は分かんないだろ?」「まあね、なんとなくって感じか な」

息子はレッスン8以降はレッスンでやっていないというのですが、本当でしょうか?もしそうだとすれば、意味の把握についてはともかく、読みについては既習 の部分の応用がそこそこできると考えて良いのかな、と思うのですが。

もしそうであれば、今後、学校の進度にとらわれずに、本人がやりたいなら前に進ませても良いのかなとも思ったのですが。どんなものでしょうか。



らくださん  投稿者:根石吉久  投稿日:2008年11月 8日(土)02時30分44秒       通報  編集済
      >これから少し英語の自習について考えたり、根石さんに質問したりしたいと思っています。

 ええ、そんな話をしたいと思っていました。

>教科書の自習は復習に徹する、と考え、進度を学校の授業に合わせる。授業で一通り学習したレッスンについて、復習としてCDを聞いたり、回転読みをした り、回転書きをしたりする。それが良いかと考えました。

 教科書の自習は、復習だけでなく、学校がやっているところ、学校がまだやっていないところ、どちらもどんどんやっていただきたいと思っています。

>ところが、昨晩、こんなことがありました。息子が「教科書の読み合わせつき合ってよ」と言うのです。「オーケー、でどこやる?」「Open your textbook to page 78.」「ん?ここ、レッスンやってないし授業でもまだじゃないの?」そりゃ無理だろ、と思ったのですが意外とやるもんです。時々つっかえたり、読み方が 分からない単語があるものの、レッスン8から最後まで読み切りました。「へー、読めるんだ。でも意味は分かんないだろ?」「まあね、なんとなくって感じか な」

 本当に息子さんが、「Open your textbook to page 78.」という英語でお父さんに指示したのですか? もしもそうなら、この息子には期待していいです。
 このところ、不遜続きですが、ここで改めて不遜を言わせていただけば、「意外とやるもんです」を読んで、そうだろうなと思いました。わずか週1回30分 のレッスンが、先日書きました「しなやかなバネ」を少しずつ作ってきたのだと思っています。
 「最後まで読み切りました」んですから、学校の先をやってもらって結構なのですが、心配なのは、やはりお父さんの発音です。前からそう思っていましたの で、先日、matsu さんと組んでレッスンを受けていただけないかと提案させていただいたのでした。
 ですが、どちらからどちらへ輸入・輸出をしていただいてもいいので、お父さんがイントネーションだけは確保し、息子さんが発音を確保し、二人で二人三脚 をやっていただくことは有効だと思いますし、楽しいと思います。
 その形で、学校の先をやっていただくのでいいと思います。
 ただし、同一の文を5回(うまく言えなければ何回でも)、という「技法グラウンド」を是非使っていただくようお願い致します。「技法グラウンド」をどう やってやるのかは、息子さんがよく知っているので、息子さんから教えてもらうといいと思います。

>息子はレッスン8以降はレッスンでやっていないというのですが、本当でしょうか?

本当です。

>もしそうだとすれば、意味の把握についてはともかく、読みについては既習の部分の応用がそこそこできると考えて良いのかな、と思うのですが。

そうです。だから、もうCDの音をどんどん媒介にして大丈夫だと申し上げました。息子さんは、音のセンスがいいです。それが可能にしたことだと思います。 多くの場合、1年程度のレッスンで、誰にでもCDの音をどんどん媒介にしていいとは私は言いません。

>もしそうであれば、今後、学校の進度にとらわれずに、本人がやりたいなら前に進ませても良いのかなとも思ったのですが。どんなものでしょうか。

 先に進ませて大丈夫です。
 基底は、私の自作教材の方でやっていますから、おやじと息子の二人三脚は楽しくやって下さい。     



根石さん  投稿者:らくだ  投稿日:2008年11月10日(月)00時22分19秒       通報
      ありがとうございます。

>「Open your textbook to page 78.」という英語でお父さんに指示したのですか?

はい。少しですが英語を楽しむ感じを持ってきたのかもしれません。

>心配なのは、やはりお父さんの発音

「読み合わせ」と言うのは正確な表現ではなく、「読んでみるから聞いていて」が実際のリクエストでした。私が読むことはありませんので、悪影響はないだろ うと思います。先日書きましたように、ソメ(some)をサムと軌道修正するぐらいです。

>息子さんは、音のセンスがいいです。それが可能にしたこと

もしそうであれば、母方のご先祖に感謝しなければなりません。家内も北海道ののど自慢荒らしだった義父も、歌手になれたらどんなに幸せかー、と夢見ていた ようですので。息子もトイレで風呂で、四六時中歌を歌っています。     



らくださん  投稿者:根石吉久  投稿日:2008年11月10日(月)02時32分24秒       通報
      >「読み合わせ」と言うのは正確な表現ではなく、「読んでみるから聞いていて」が実際のリクエストでした。

 はい。この場合もツボを外されていません。また安心しました。

>母方のご先祖に感謝しなければなりません。家内も北海道ののど自慢荒らしだった義父も、歌手になれたらどんなに幸せかー、と夢見ていたようですので。息 子もトイレで風呂で、四六時中歌を歌っています。

 いいですね。うちの孫もよく歌を歌っていますが、とてもオンチです。
 5歳くらいの子供って、普通オンチなんでしょうか?
 可愛くて仕方がないので、でっかい声でお前が歌っているのを聞くと、じいじはうれしいからなと言っています。
 歌いながら、踊り狂うみたいな時もあって、その時の体の動きにキレがあり、これはどういうもんなんだろうと思っています。

 すみません。つい、孫の話で。


らくださん  投稿者:根石吉久  投稿日:2008年11月14日(金)01時14分47秒       通報  編集済
      >> しかし、この「アルクの限界」を越えたところがどこかにあるのかと言えば、おそらくありません。この点は、「英語学習法業界」のらくだ さんが詳しいと思いますので、らくださんにフッテおきたいと思います。(らくださん、どんなものでしょう?)

>胸元高めに150キロ以上のスピードボールを投げられて、思わずのけぞりました。しばしバッターボックスを外して息を整えさせていただきます

 まだ息は荒いでしょうか。
 自分で言っておいて、自分の言を翻すようですが、「アルクの限界」を越えた方法はすでに日本にもあります。柴田さんの教室であり、素読舎のレッスンであ り、女房の昔の生徒の津田さんが通っていたなんとかという音法だけをやる教室です。(村田君、フォローしておいて下さい。)
 これらはすべて、書籍で述べている方法ではなく、レッスンの場における実際のレッスンです。

 ここを大御所は外してしまうんですね。

 100回の繰り返しには100回の意味がある。500回の繰り返しには500回の意味がある。100回言ってすらすら言えるからカタが完成したと思うの がおおかたの人の落ちる落とし穴だ。完成に見えるものは、カタのカタチにすぎない。100回繰り返した人と、500回(をまともに)繰り返した人とでは、 カタの質が違う。同じように見えるが、質が違うということを言った功績は、國弘正雄の功績です。
 カタの質の違いは、ただちに意味の通路としての音のなめらかさの違いです。しなやかでバネがあるという場合の、しなやかさの違い、バネの強度の違いで す。しなやかでバネの強度が強いほど、意味はそこに流れやすい。意味を流す意志さえあれば、すぐに流れ始める質というものがある。100回では流れなかっ たものが、500回だと流れ始めるということがある。この場合の「意味」とは、語感、味わいまでも包含しているものだと考えています。

 しかし、國弘御大は、「レッスンの場においてのレッスン」、その過程に対してはほとんどめくらだと思っています。「只管朗読」という初心者用の方法を提 示した功績はどう打ち消しようもない國弘正雄の功績です。しかし、この大御所は、次の段階についてはほとんど何も言えていない。なぜかと言えば、次の段階 を語学「ではなく」、磁場体験に置き換えてしまった人だからです。そして、いきなり達人談義をやりだすのです。國弘が批判されなければならないのはそこで す。あんた、まんなかが抜けてるよ、です。磁場で何があったか、どんなふうに惨めだったか、それを語らなければいけないところで、達人談義かよ。まんなか が抜けてるんだよ!
 磁場体験をきちんと言葉にしないで達人談義などやらかすのは、あんた、それ、語学の地平では密輸入だよと批判されるべき大御所なのです。
 今はたまたま國弘正雄の名を出していますが、磁場帰りなんてのはそんなのばかりなのです。この人々は、向こうで何年か暮らして日本に帰ってきて英語ペラ ペラをやり、上等そうな顔をしている英語ミーハーと本質では変わりがない。

 書籍やCDなどの複製技術で伝えられるものと伝えられないものがあるということだと思います。「アルクの限界」は、複製技術で複製できるものを、生のも のと質的に同じに扱うことの限界かと思います。世の中の英語学習法の本というものは、その本性として、「アルクの限界」は越えられません。しょせん、複製 技術ですから。活字とCDのセットじゃどうにもならんものがある。複製技術の限界と言えばいいかもしれません。
 アルクはアルクとして、複製物を売らなければならないから、「アルクの限界」を臆面もなく口にするのですが、これは商売上の理由であり、語学上の理由で はありません。

 語学論として理論は言えますが、レッスンに固有の性質は、レッスンでしか伝えようがない。これは「磁場」における生な英語の「生」とはまるで違う次元に あるものですが、それが語学における「生」ということだと思います。そうでなければ、私は人様からお金をいただくことはできません。

 いつに変わらず、先走りまして申し訳ありません。
 自分の質問に自分で答えてみたくなりましたので、書いてしまいました。

 息が整いましたら、らくださんのご意見をおいおいお願い致します。     




らくださん  投稿者:根石吉久  投稿日:2008年11月20日(木)02時22分9秒       通報  編集済
      >で、しばらくCDはやめておこうか、と思っているところです。おそらく、レッスンで扱っていない初見の文を読む時も、根石さんの発音をイ メージしながら自分なりに応用して?読んでいるようですので、それが良いのかな、と思い始めました。例によって、新出の単語の読み方の手がかりがつかめな い時だけ、some(ソメ)、place(プラス)をサム、プレイスと教える。これで、しばらくやってみようかと。

 日本にある英語音のいくつかのタイプを書いてみましたが、もうひとつ書きたいことがあります。
 うちの女房は、塾をやっています。英語塾・素読舎においては、私の弟子の一人です。
 で、Naima さんが以前に書かれましたが、私よりも私の女房の方が発音がいいのです。全般的には明らかに女房の方が発音がいい。そういう塾、素読舎においてどういうこ とが起こっているかというと、発音の悪い方の私が、発音のいい女房の音を直すということが起こります。
 これはどういうことかというと、音の本質をつかむときの握力の違いです。女房は英語音の「なぞり」は上手だが、音の本質をつかんでそれを言葉にすること は私より、(ずっと、((と言いたい)))、下手です。
 私より上手な発音をする女房が世話した生徒と、女房より下手な発音をする私が世話した生徒を比較すると、私が世話した生徒の方が、(ずっと((と言いた い)))短期間に上手になります。
 4、5年、女房が世話したキリピーという生徒がいます。塾に通ってきてくれて、練習しました。その後、私の「電話でレッスン」の生徒になりましたが、女 房が放っておいた音がいくつかあり、それを直して、現在で約一年くらいになりますでしょうか。見違えるほどキリピーの音がよくなりました。
 発音なんか、8割程度クリアしていれば大丈夫なのです。実用するにも、コーチをするにもそれでいい。問題は、8割までの音にするために、何をどう指示す るかにあるのです。だから、(女房より下手な)私の生徒の方が、(私より上手な)女房の生徒より、上手になります。

 なかなか、まともに問題にすべき問題として扱ってもらえませんが、私はまじめな顔をして、まじめな気持ちで、「俺よりも生徒の方が発音が上手なんだよ ね」とよく言います。これは、女房だけのことを言っているのではなく、「スカイプ(電話)でレッスン」の生徒さんについても「俺よりも上手なんだよね」と いうケースがあります。そう言うと、よく人に笑われます。せせら笑う人もいます。

 上手な人の音を下手な人が直すのはOKなんだろうか。OKなんです。
 うまいねえ、だけど今の段階だと、まだ根が張ってないから、もっとことさらに筋肉に力を入れたほうがいいよ、というようなアドバイスは、女房でなく私が しています。そこらへんの見極めができるできないというのは、発音が上手か下手かではなく、音の本質をつかめるか、それをつかんだ上で、言葉にできるかど うかにかかっているのです。
 多分、私は女房より耳がいいんだと思います。耳が上手で、(練習上では)口が下手なんだと思います。もう言っちゃいますが、女房は口先だけ、口の筋肉の 表層だけで、英語の音を出していると思います。柴田さんが生徒の中学卒業記念に作ったCDというのがあり、そこには、生徒たちの英語の朗読の吹き込みが 入っています。それを聞いたときの正直な感想は、「うまいなあ、上手だなあ、だけど、割と口の筋肉の表層だけ使ってるな」というものでした。柴田さんの教 室で育った音にして、そうなのです。

 で、らくださんちで、今、CDの音を媒介にすべきかどうかです。最近の過去ログを読んでみないと間違いないと言えないですが、多分私は、「CD音を媒介 にして大丈夫」という言い方をしていたと思います。「どんどんやって大丈夫」という言い方もした記憶があります。「CD音を媒介にしろ」とか「しなきゃ駄 目」という言い方はしていなかったと思います。
 「やってもいい」「やっても大丈夫」というのは、「やらなきゃ駄目」というのではありません。「やらなくても大丈夫」ではあります。
 息子さんが、CD音に興味があれば、やっていいよ、やるんならどんどんやっていいよ、ということです。息子さんが、「ちょっとなあ、今はパスかなあ」な ら、やらなくてもいいのです。

 いきなり「CD音を聴いて真似しろ」が駄目なのは、3回しか腕立て伏せができない人に100回やれと命じるのが駄目なのと同じです。
 私くらいの年寄りになると、15回できるが、翌日は13回に減ったとか、かろうじて16回できたというようなことがよくありますが、らくださんの息子さ んみたいに若いと、普段でも50回や60回はよくやるよ、ということがあり、息子さんも、まあ自分のレベルは50から60回だなと思っていたとして、ある ときひょいと急に85回もできたというようなことが起こります。その飛躍を準備していたものを自覚することも言葉にすることも難しい作業だと思います。
 外側から、普段50回60回はやっていたということを欠いていたら、それは起こらなかったということができるだけです。なぜ85回だったのかということ は言うことができないと思います。しかし、言えないだけで、実体はずっと潜んでいたのです。潜んでいたものがなければ、「あるときひょいと」はないわけで す。
 いずれにせよ、「CD音を聴いて真似しろ」や「Repeat after me.」は「いきなり」は駄目です。
 らくださんちの場合、「もうCD使っていいよ」は早かったですが、それでも一年程度、「根石先生の発音」を息子さんは「媒介」にしています。

>あるいは、根石さんが以前お書きになっていたことですが、聞くときは聞くだけ、読むときは読むだけ、にならい、CDは聞くだけ。その時にマネして読んだ りしない、という方法もあるかと思っています。

 私はその方法が基本だと思っています。「ひょいとできるようになる」というのが一番自然だと思っています。

 さて、3つの音の体系を、どうすりゃいいのさこの私状態の息子さんの話ですが、もし●●先生の発音が、「カタカナ発音」か「カタカナ発音・子音OK型」 である場合は、学校の教室では、文法を主体に授業を聞いていればいいとアドバイスして下さい。授業時間で言えば、圧倒的に私のレッスン時間の方が少ないで すが、私のレッスン時の音を大事にするようにとも言って下さい。
 CDは「やっていい」というのが原則ですが、「やった方がいいかもしれない」でもあります。●●先生と「根石先生」の間で分裂するよりは、「根石先生」 と「CD音」の間で分裂する方がはるかにましですから。

 ようやくアドバイスにたどりつきました。     



根石さん  投稿者:らくだ  投稿日:2008年11月22日(土)21時35分11秒       通報
      まずは、たっぷりの語学論、ありがとうございます。非常に参考になりました。

やはり、営業色豊かなホームページでのプレゼンより、「がちがちの語学論」の方が素読舎のディープなお客様には向いているかもしれませんね。根石さんの 「語学だましい」の炸裂を前にして、軽々しく営業トークの奨めなんてできなくなってしまいます。

>学校の教室でまともな発音をやると、大人しい子供に対しては、「なんだ、この野郎!」っていう反応が起こる

息子は教室で「最も騒がしい子供」の部類ですので、そういう心配はあまり無いかもしれません。一人で教科書を読まされることはまだ無く、全員で読む時に目 立ち過ぎないように、声の大きさを適当にコントロールしているそうです。

CDのリスニングに関しては、適当な時期を見計らって水を向けてみる事にします。この間の教科書一気読みの時に、根石さんの音のイメージを思い出そうとし ていた、その感じを今は大事にしたいと思っています。

「ネイティヴ音素含有率」という言い方はおもしろいですね。息子は70%に到達するまで、どのくらいかかるものか...。時々いま何%ぐらいまで行ってい るか教えていただければと思います。この感じで50%か、とか上達の過程が観察できると楽しいと思いますので。

>しかし、まあ、事情が許せば、死ぬ前に一度だけ「磁場在住」をやって死ぬかなという迷いもあります。

確かに、磁場在住で身に起こることを体験されて、磁場論を検証するっていうのもありですね。それとも、そんなんじゃなくて、アラスカあたりでキングサーモ ン釣り三昧がお目当てだったりして。     



らくださん  投稿者:根石吉久  投稿日:2008年11月23日(日)02時15分18秒       通報  編集済
      >まずは、たっぷりの語学論、ありがとうございます。非常に参考になりました。

 こちらこそありがたかったです。息子さんが3つの音体系を抱えるのに抵抗を示したことを書いていただいたので、ううん、ここは正念場だなと思って、性根 を据えて書くことができました。

>やはり、営業色豊かなホームページでのプレゼンより、「がちがちの語学論」の方が素読舎のディープなお客様には向いているかもしれませんね。根石さんの 「語学だましい」の炸裂を前にして、軽々しく営業トークの奨めなんてできなくなってしまいます。

 いや、食うや食わずは続けたくないので、営業色豊かも大事だと思っています。
 だけど、ついやっちまうのです。語学論を。

>息子は教室で「最も騒がしい子供」の部類ですので、そういう心配はあまり無いかもしれません。一人で教科書を読まされることはまだ無く、全員で読む時に 目立ち過ぎないように、声の大きさを適当にコントロールしているそうです。

 全員で読む時は、自分の音が一番大きく聞こえますから、そういう遠慮が生じるのだと思いますが、でかい声を出しても目立つようなことはないから、でかい 声でやっていいのだと息子さんに伝えて下さい。「騒がしい子供」の一人だと聞いて、安心しました。私のレッスンでは、かなりかしこまっているのかもしれま せん。まあ、しばらくはそれでいいか。

>CDのリスニングに関しては、適当な時期を見計らって水を向けてみる事にします。この間の教科書一気読みの時に、根石さんの音のイメージを思い出そうと していた、その感じを今は大事にしたいと思っています。

 はい。適当な時期は、息子さんとつきあっているとわかると思います。

>「ネイティヴ音素含有率」という言い方はおもしろいですね。息子は70%に到達するまで、どのくらいかかるものか...。時々いま何%ぐらいまで行って いるか教えていただければと思います。この感じで50%か、とか上達の過程が観察できると楽しいと思いますので。

 今は60パーセント台の後半かなと思っています。
 50パーセント超えるのなんて、日本人は受容力の大きい人たちですから、簡単にできます。70パーセントくらいまでは、比較的簡単です。70パーセント を越えたあたりから、胸突き八丁になってきます。

>>しかし、まあ、事情が許せば、死ぬ前に一度だけ「磁場在住」をやって死ぬかなという迷いもあります。

>確かに、磁場在住で身に起こることを体験されて、磁場論を検証するっていうのもありですね。

 事情や抒情が許せばやってみたいと思っています。そのときは、私が完全に隠居したときだと思います。磁場で「在住」をやったら、俺はレッスンはやめると 思っています。
 私のレッスンは、「磁場在住」がないからこそ成り立っているものです。

>それとも、そんなんじゃなくて、アラスカあたりでキングサーモン釣り三昧がお目当てだったりして。

 また千曲川で鯉を釣りたくなるではありませんか。
 アラスカあたりの清涼な空気の中に立ち、サーモンをばしゃばしゃさせるのは、多分なかろうと思います。
 住みたいところは、ニューヨークの場末です。
 やばいところが好きなんかもしれません。     



分裂ということ  投稿者:matsu  投稿日:2008年11月24日(月)09時53分55秒       通報
      先日のらくださんの質問と根石さんのそれへの回答は、内容豊富で、同じ年代の子どもをレッスン生にもつ親としても興味深いものでした。
しばらく根石論を中断していたのですが、その再開のリハビリも兼ねて下手なつっこみを入れさせてもらいたいと思います。

> さて、3つの音の体系を、どうすりゃいいのさこの私状態の息子さんの話ですが、もし●●先生の発音が、「カタカナ発音」か「カタカナ発音・子音OK 型」である場合は、学校の教室では、文法を主体に授業を聞いていればいいとアドバイスして下さい。授業時間で言えば、圧倒的に私のレッスン時間の方が少な いですが、私のレッスン時の音を大事にするようにとも言って下さい。
 CDは「やっていい」というのが原則ですが、「やった方がいいかもしれない」でもあります。●●先生と「根石先生」の間で分裂するよりは、「根石先生」 と「CD音」の間で分裂する方がはるかにましですから。

らくださんの関心が専門的な英語学習法にあって、それに対する根石さんのアドバイスが英語のコーチとしてのものですから、その点から言えばこのやり取りに は間然するところはないだろうと思います。
根石さんが、音作りのために明確な優先順位を指摘することで、「分裂」を取り除き、それを軽減するという方向で道筋を示すということも当然です。

ただ、この一年、わが身・家庭を振り返ってみると、もちろん息子には、(我が家の家計の事情から、父親の小遣いからレッスン料を捻出していることもあっ て)根石さんのレッスンからできるだけモトをとることを求めてもいますし、私もレッスンの様子を聞いたり、電話の録音機能でレッスンの様子をのぞかせても らってたりして学んでいるつもりですが、それ以外の親子の(英語)学習については、かなり我流や思いつきでやっていることが多い気もします。
肝心の音声面でも、ラジオ講座やCDの利用、技法グラウンドの真似事など、本来なら根石さんのアドバイスを受けた方がいいだろうという気持ちを持ちつつ、 勝手に行っていました。
もちろん、このことは私自身の不精さや天邪鬼さのせいだとは思いますが、今回の記事を読みながら、そういう自分の「無意識」について、別の言葉にしてみた い気がしました。

>そこらへんの見極めができるできないというのは、発音が上手か下手かではなく、音の本質をつかめるか、それをつかんだ上で、言葉にできるかどうかにか かっているのです。

根石さんは、自分が奥さんより発音が「下手」にもかかわらず、コーチとしてはるかに腕が上であることを、こう説明しています。
これは自分の身体の動きについて、どれほど自覚的で、主体的にそれをつかみ取っているか、ということの深度の違いのようなものだろうと推測できます。その ような意識化=主体化は、発音における口の筋肉の動きにとどまらず、日本在住で語学をやることのすべての振舞いにおいて徹底的に行われて、それが根石さん の語学論の輪郭を作っているのだろうと思います。
日本語を磁場とする環境の中で英語をやるという「分裂」や「矛盾」を、ごまかさずに正面から受け止めて、突き詰めることが、それを可能にしたのだと思いま す。

昨年、人間の思考力が12歳までで決まるというような「暴論」が、この掲示板で話題になったことがありましたが、思考力が、わが身をひきさく分裂の只中 で、それを自覚し、主体的につかみなおすという技法のことであるなら、むしろ12歳以降の経験の中にこそ、その母胎はあるはずです。
根石さんを「劣等生」から、詩人・文学者、語学論者へと変貌させる土台をつくった「嵐の一年」が19歳の経験だったように。

少し前に、根石さんが、昔の塾生に会って、素読舎のレッスンによってわが身に何が起きたのか自覚していないことを嘆いている記事がありました。
彼は、まともな音や、英語力を手に入れたのかもしれませんが、語学論(思考力)を手に入れることはできなかったのでしょう。

もちろん、私にも親子ともども、まともな音や英語力を身につけたいという希望はあるのですが、その準備期間中においても、「分裂」や「矛盾」を積極的に呼 び込んでいきたいという気分があって、そのために根石さんの指導からはみだすことにも(確信犯的に)手を出してしまっているような気がします。
それもまた、根石さんの語学論によって誘い出された気持ちだと言いたいところですが。     


中間テスト終了です  投稿者:らくだ  投稿日:2008年11月26日(水)00時55分12秒       通報
      先日行われた中間テスト返却。77/100と、「英語は得意科目だから」と日頃本人が豪語するほどの点数でもありませんでしたが合格としまし た。あっちこっちボロボロ間違えていますが、「リスニングは結構ラクに聞けた気がする」のひと言で合格を出しました。設問への正解不正解は、いずれ問題演 習で慣れれば点はとれるようになるはず。リスニングへの苦手意識を持っていないというところに、日頃のレッスンの成果を見ました。

引き続き自主トレをするように言っていますが、この間試した教科書一気読みに手応えを感じている様子ですので、1日2回の一気読みを奨めています。教科書 なんて通しで読んでも、すらすらいけば1回に10分強程度しかかからないのですね。ですので2回読んでも30分弱です。1文を5回ずつ読んで30分経った らそこで今日は終わり、という方法とどちらがいいか選択させましたら、一気読み2回を選びました。そのうち回転読みも入れようと思っています。



らくださん  投稿者:根石吉久  投稿日:2008年11月27日(木)01時19分21秒       通報  編集済
      >先日行われた中間テスト返却。77/100と、「英語は得意科目だから」と日頃本人が豪語するほどの点数でもありませんでしたが合格としま した。あっちこっちボロボロ間違えていますが、「リスニングは結構ラクに聞けた気がする」のひと言で合格を出しました。設問への正解不正解は、いずれ問題 演習で慣れれば点はとれるようになるはず。リスニングへの苦手意識を持っていないというところに、日頃のレッスンの成果を見ました。

 平均点を教えていただけたらありがたいです。私は、「英語の点数は上がるときは急に上がる」と塾生に言ってきました。息子さんにもそれを期待していま す。リスニングへの苦手意識がないというところが、私もうれしく思うところです。

>引き続き自主トレをするように言っていますが、この間試した教科書一気読みに手応えを感じている様子ですので、1日2回の一気読みを奨めています。教科 書なんて通しで読んでも、すらすらいけば1回に10分強程度しかかからないのですね。ですので2回読んでも30分弱です。1文を5回ずつ読んで30分経っ たらそこで今日は終わり、という方法とどちらがいいか選択させましたら、一気読み2回を選びました。そのうち回転読みも入れようと思っています。

 1文を5回ずつというのは、レッスンで扱わなかった部分ではやっておいて欲しいと思っています。
 1課分を「通しで5回」というのもいいと思います。
 今のやり方もいいと思います。
 レッスンの他に、毎日30分程度続けてくれれば、確実に力になります。
 レッスンはレッスンの時に集中してもらえばそれでいいです。今のところ、レッスンのための予習、復習は要りません。

>教科書なんて通しで読んでも、すらすらいけば1回に10分強程度しかかからないのですね。

 これが味噌ですね。
 だけど、それができる生徒は息子さんの通っている学校に何人もいないと思います。



根石さん  投稿者:らくだ  投稿日:2008年11月27日(木)18時17分26秒       通報
      メルアド、ありがとうございます。先程、メールを差し上げましたのでご一読お願いいたします。

> 平均点を教えていただけたらありがたいです。

46点とのことでした。

> 1文を5回ずつというのは、レッスンで扱わなかった部分ではやっておいて欲しいと思っています。
 1課分を「通しで5回」というのもいいと思います。

今の方法でしばらくやったら取り組ませたいと思います。

>レッスンはレッスンの時に集中してもらえばそれでいいです。今のところ、レッスンのための予習、復習は要りません。


教科書の自習についての質問が一段落したら、お聞きしたいと思っていました。両方の自主トレのバランスをどうしたものかと思っていました。レッスンの方で 早くも比較級が出てきていることについて、すごくネエ?、と結構刺激を受けているように感じます。     



根石さん  投稿者:matsu  投稿日:2008年11月27日(木)23時15分24秒       通報  編集済
      コメントありがとうございました。

根石言語思想の全貌をつかみたい、という妄念はあるのですが、とにかく語学が素人なので、遅々とした歩みでやっていこうと思います。
私には、それが英語学習法や狭義の語学論をこえた、言語と知と生活をめぐる普遍的な思想であるという確信とイメージがあります。

親子で現在たどりついた英語学習の方法は、こんな感じです。
(もともと、詩人根石吉久の現況を知ろうとして、この掲示板にたどり着いた人間ですので、英語について書くなどおこがましいのですが)
親は、出勤前、基礎英語1〜3を聞く。
息子は、基礎英語1,2を聞いて、いくつかのフレーズを選んで回転読みしておいて、夜、一緒に「技法グラウンド」の要領で復習する。
教科書は、学校の授業に先行する部分を、CD音声を媒介にして一緒に「技法グラウンド」で練習する。
根石さんのレッスンの後には、発音が直された点とその説明を、息子から教えてもらう。
親は、朝のラジオで「口に残った」フレーズを、通勤途中、ひたすら回転させる。
以前は少し長めの文をスムースに暗唱できることを目標にしていましたが、今は短い簡単な文章を繰り返すなかで、口の形や動きに集中したり、ゆっくり読んで イメージを煮詰めたりすることが面白くなっています。

子どもはやはり、親につき合っているという意識があると思います。
傍目にも、「回転書き」と「復習範囲を手放さない」という原則が伴わないと、実力にはならないだろうという気がしますが、そこまで強制はできないので、本 人のやる気まちにしてあります。

日本語の素読は、勤務が忙しくなったことなどの事情で、春先から中断しています。
なんとか再開したいところです。

らくださんが、村田さんの塾の様子を尋ねておられましたが、たしか以前の記事で、村田さんが教室での日本語の素読(たしか吉本の本)の授業について書かれ ていたと思います。
もしよかったら、その辺のことも具体的に教えていただけたら助かります。     



matsuさんへ(日本語の素読の進め方)  投稿者:村田  投稿日:2008年11月28日(金)01時45分1秒       通報
      1つの文を、5回以上、はっきり、よどみなく読めたらOKです。
文章についての解説などは、こちら側からは特にしません。塾生の方から聞かれたら、私がわかる限りのことは説明します。
日本語については、今まで日本語を一番長くやっている塾生は、次のような感じで進めてきました。(小学5年生開始)
中島敦「名人伝」→永井均「ルサンチマンの哲学」のうち「星の金貨」→寺田寅彦随筆集から「どんぐり」→吉本隆明「中学生のための社会科」第一章(現在中 学3年生)
「名人伝」は固い文章に慣れるということと、修行ということについて書かれていたので選びました。当初はこれだけで終わろうと思ったんですが、塾生から もっとやりたいという要望もあり、その都度、自分が気になったものを選んできました。

現在は、古文にもなじんでおいた方がいいと思い、駿台の「古文読解教則本」を「例文5回→現代語訳1回→再び例文5回」のサンドイッチ構造で進めていま す。できれば「大鏡」や「枕草子」あたりを最初から1文づつやっていきたいところですが…私には今のところそこまでの力がないのでこのやり方でやっていま す。     


村田君  投稿者:根石吉久  投稿日:2008年11月28日(金)02時07分1秒       通報
       らくださんへの説明は、らくださんは英語学習法研究でプロですからわかってもらえるかもしれませんが、読んでいるだけの読者にはまず了解不 可能だと思いました。まあ、らくださんにわかってもらえればいいのですが、それでも、結構な骨折りだなと思いました。
 matsu さんへの記事はわかりやすいです。
 日本語素読の部分でけっこう面白いことをやってるんだなと思いました。

 「根石さん(発音について)」は、また難しいことを言い出したなと思いました。
 つまり、「音」っていうのは、「意味」と一緒にならねえと駄目なんだと言っているのかなと思いました。

 思いましたばっかりで済みません






らくださん  投稿者:根石吉久  投稿日:2008年11月29日(土)02時56分29秒       通報  編集済
      >> 平均点を教えていただけたらありがたいです。
>46点とのことでした。

 平均46で77なら、けっこういい線いってますね。

>>レッスンはレッスンの時に集中してもらえばそれでいいです。今のところ、レッスンのための予習、復習は要りません。

 こう書きましたが、ひとつだけやっていただきたいことがあります。matsu さんに書いた記事の中にある、「言いながら、書きながら、思う(イメージする)」です。
 matsu さんに向けた記事を参照していただけたらと思います。
 息子さんにはそれをやって欲しいと伝えてあります。

>レッスンの方で早くも比較級が出てきていることについて、すごくネエ?、と結構刺激を受けているように感じます。

 私の自作教材を使ったレッスンで、学校でやってないところが出てきているということだと思います。うまく刺激として作用してくれればいいと思っていま す。     


村田さん  投稿者:らくだ  投稿日:2008年11月29日(土)10時22分23秒       通報
      村田さん、ありがとうございます。

私が分室での活動に関心を持ったポイントの一つは、根石さんの「電話&スカイプでレッスン」との違いのようなことです。特に学校の成績アップ、受験への対 応といったところで、根石さんとは違った独自の工夫をされていらっしゃるのか、という点です。

技法グラウンドを使った練習を核としているところが共通しているのは当然として、市販の書籍を教材に取り入れていらっしゃる点が目につきました。これは主 に高校生向けということだと思いますが、「基本英文700選」(駿台文庫)を使われているのですね。この本は、先日パクパクさんが書き込まれていた酒井邦 秀さんの多読法との関係を含めて、過去に議論になっていますが、村田さんはそれなりの評価をされているということですね。私は伊藤和夫さんの晩年のご著 書、特に「ビジュアル英文解釈」上下(駿台文庫)は、読解用の本としては良い本なのではないか、と思っていることもあり興味を引かれました。

また、Z会は大学受験用の「速読英単語」系ではなく、一般向けの「速読速聴」系を使われているというのは何か理由がありますでしょうか?それから、「基礎 問題集」と「長文読解」は旺文社ですか?正式な書名を教えていただければと思います。先日の書き込みに

>リスニング25分ということは、残り25分で長文問題を解かなければならない勘定です。この中学の3年の試験は、長文問題は長めのが複数あります。今回 も長めのが二つあったとのこと。

とありましたが、技法グラウンドによってセンテンスに習熟するという取り組みを、受験で必須の長文読解にどうつなげていかれるのか、という点は興味深い テーマです。     


らくださん  投稿者:村田  投稿日:2008年12月 1日(月)00時35分13秒       通報
      すいません、私の書き方が悪かったので、誤解が生じたようです。

「基礎問題集」「700選」「長文読解」とも、根石さんが作った素読舎の教材です。
(「700選」は駿台の「基本英文700選」がもとになっています。「基本英文700選」を根石さんが徹底的に解析したテキストなので、これは素読舎オリ ジナルテキストと考えていいと思います。そもそもそも、駿台の「700選」自体がそれ以前の古典的参考書から例文を引いているようですし)

市販のテキストはZ会の「速読速聴・英単語 Basic2200」のみなんですが、これは中学生向けに単語の習得用に使っています。受験用の範囲をカバー して、なおかつ日常生活に関する単語もそろっているのでいいかと考えています。


分室は根石さんのやり方と基本的に同じなんですが、実験的にサブテキストも作っていました。
例えば、今までは教科書を飽きるほど読みこなすというのがひとつの柱としてあったのですが、中学三年で入塾してきた塾生が、三年生の教科書をいきなり「技 法グラウンド」でやっていくのはかなりきついものがあるということがあります。
そこで、三年生用には補助教材として、次のようなものを作ってみました。

例)
One day my four little children will not be judged by the color of  their skin...
という文があったとします。
これが一発でできればいいのですが、三年生の途中から入ってきた当初は、なかなかうまくいきません。

one day   いつの日か
my four little children   私の4人の小さな子供たち
will not be judged   判断されなくなるだろう
my four little children will not be judged   私の4人の小さな子供たちは判断されなくなるだろう
by the color   色によって
of their skin   彼らの皮膚の
by the color of their skin   彼らの皮膚の色によって
One day my four little children will not be judged by the color of  their skin...

これを英語の部分のみ「技法グラウンド」でやりました。
なるべく大きなかたまりの方を選んで、それでもきつい場合はそれより細かく分かれた部分をやる、という具合です。
SIMのスラッシュ読みに似ていると思いますが、原理的には「語数別」と回転読み用なので、実質的には別物だと思います。
(余談ですが、塾生が小学生だけだった時に、クリスマス直前の1か月半ほど、上記のような教材を作ってWalking in the airという歌の技法グラウンドをやりました。Snowmanという短い無声アニメーションの中に出てくる歌です。クリスマス近辺の塾の日に、一緒に SnowmanのDVDを見ました。この歌だけが、作品中で唯一の言葉でして、歌が始まると塾生は「あ、これ、あれじゃん!」とすぐに気づいてくれまし て、えらく感激していました。)

>技法グラウンドによってセンテンスに習熟するという取り組みを、受験で必須の長文読解に
>どうつなげていかれるのか、という点は興味深いテーマです。

これはもう根石さんの言っているように「音と意味の同致」を起こすしかないのではないかと思います。具体的には「回転読み」「回転書き」の質を高めていく ということではないでしょうか。
文単位の技法グラウンドおよび回転書きに習熟したら、パラグラフ単位の技法グラウンドに移行するとさらに力がつくと思います。(ただし、ここまで行くのは かなり時間がかかりますが…)     



村田さん  投稿者:らくだ  投稿日:2008年12月 1日(月)22時35分11秒       通報
      教材についてのご説明、ありがとうございます。いろいろと工夫されているのですね。

Z会の「速読速聴Basic」はちょっと良さげだな、と思っていましたので詳しく見てみたいと思います。

>これはもう根石さんの言っているように「音と意味の同致」を起こすしかないのではないかと思います。具体的には「回転読み」「回転書き」の質を高めてい くということではないでしょうか。

長文読解対策に王道なし、ということですね。パラグラフリーディングとか速読とか色々言われますが、一文単位での読みに習熟していないで、その先は無い と。でも、例に挙げていただいたキング牧師の一節など見ますと、一文と言っても、このぐらいの長さになりますと簡単ではないですね。

教室では、どういう授業形態をとられているのでしょうか。江戸時代の寺子屋みたいに、使用教材や進度が異なる塾生が混在していて、おのおの自主練習し、適 宜師匠の前で発表して指導を受ける、という感じでしょうか。



教科書一気読み続報  投稿者:らくだ  投稿日:2008年12月 1日(月)22時53分51秒       通報
      昨日、息子の教科書一気読みにつき合いました。「毎日やったら、そのうち教科書見なくても言えるようになるよ」と言ったところ、「よっ しゃー」となってLesson 1からソラでやり始めました。Lesson 5まではほぼOK、Lesson 6が8割方で、7に入ったところでガクンと落ちて、うろ覚えという感じでした。これはちょっと驚きました。読みの自習トレは始めたばかりですので、レッス ンのみで上記の状態まで来ているという事になります。

逆に、これからだな、と感じた事もあります。根石さんから今の「ネイティブ音素含有率」60%との判定をいただきましたが、当面の目標となる70%との差 はどの辺りになるのでしょうか。

母音関係はerなどを含めて、意識の中にあるように感じますが、子音関係でお決まりのf,v,th,r,lなどは、まだ意識にのぼっていないように見受け ます。音作りに関して現在はどこに力点が置かれ、今後、どういう感じで手が入っていくことになるのでしょうか。


村田君  投稿者:根石吉久  投稿日:2008年12月 2日(火)00時09分4秒       通報
      >例)
One day my four little children will not be judged by the color of  their skin...
という文があったとします。
これが一発でできればいいのですが、三年生の途中から入ってきた当初は、なかなかうまくいきません。

one day   いつの日か
my four little children   私の4人の小さな子供たち
will not be judged   判断されなくなるだろう
my four little children will not be judged   私の4人の小さな子供たちは判断されなくなるだろう
by the color   色によって
of their skin   彼らの皮膚の
by the color of their skin   彼らの皮膚の色によって
One day my four little children will not be judged by the color of  their skin...

これを英語の部分のみ「技法グラウンド」でやりました。


 これは非常にいいやり方だと思います。
 日本語を壊さないのがいい点だと思います。
 この後、文法理解はどうやったのでしょう?



らくださん  投稿者:根石吉久  投稿日:2008年12月 2日(火)01時19分54秒       通報
      >昨日、息子の教科書一気読みにつき合いました。「毎日やったら、そのうち教科書見なくても言えるようになるよ」と言ったところ、「よっ しゃー」となってLesson 1からソラでやり始めました。Lesson 5まではほぼOK、Lesson 6が8割方で、7に入ったところでガクンと落ちて、うろ覚えという感じでした。これはちょっと驚きました。読みの自習トレは始めたばかりですので、レッス ンのみで上記の状態まで来ているという事になります。

 私のレッスンは、週に一回、わずか30分ですが、それが実質を形成しうるのだと報告していただいたのだと思います。うれしいです。
 「教科書見なくても言える」というのは、本人が「よっしゃー」ならやってもらっていいですが、決して強制にはしないで下さい。

>根石さんから今の「ネイティブ音素含有率」60%との判定をいただきましたが、当面の目標となる70%との差はどの辺りになるのでしょうか。

 60パーセントではなく、60パーセントの後半に来ていると思っています。今でも、母音関係ばかり直していますが、直す回数は一回のレッスンで2,3回 程度になっています。
 もう70パーセントに近いところにいると考えていただいていいですが、一回のレッスンで直すのが、2,3回から1,2回に減るまでに結構な時間がかかる ものです。たまに1回直す程度になれば、間違いなく70パーセント台だと思います。

>母音関係はerなどを含めて、意識の中にあるように感じますが、子音関係でお決まりのf,v,th,r,lなどは、まだ意識にのぼっていないように見受 けます。音作りに関して現在はどこに力点が置かれ、今後、どういう感じで手が入っていくことになるのでしょうか。

 f,v,th,r,l などのうち難物は r だと思います。それ以外は、比較的簡単に直ります。
 r の本質は、「舌がどこにも触らない」というところにあります。舌の位置は、歯に近い方にあったり、喉のほうにひっぱられていたり、まちまちです。本質は、 「舌がどこにも触らない」だと思っています。
 こういう報告をいただいて改めてわかることは、私のレッスンはいきなり母音を攻めるという特徴があるのです。「いきなりCD」は駄目だが、「いきなり母 音攻め」はいいと思っています。
 現在、村田君と協同で、発音用の教材を作っています。これができれば、息子さんにも使ってもらおうと思っています。f,v,th,l などは一発で直ると思っています。とてもじゃないが一発で直るってことがないのが母音です。
 これも言葉で言ってしまうと「なんだそんなことか」と言われることが多いので、言うのがいやなのですが、私の母音の扱いはほとんど「ア系列」だけです。
 「ア系列」は大きく言うと3つしかありません。a と e の合体(一瞬般若・口の両端斜め上)、顎の下がるa (歯医者)、狭いア(逆さe と逆さv)です。
 逆さ e と逆さ v は、ひとまずは区別せず、両方とも「狭いア」として扱っています。(単独の)逆さ e はアクセントのないところに現れ、逆さ v はアクセントのあるところに現われるだけで、口の「狭さ」は同じだと考えていいと思っています。「狭さ」が同じなら、アクセントの有無によって、息の勢い が変わり、「狭さを意識しアクセントさえ間違えていなければ」、ある程度までは自然に区別が備わる音です。ある程度まで備わってから、区別をするなら区別 をするのでいいと思っています。
 たった3つの区別かよ、そんなら楽ちんだと思う人は実際にやってみればいい。そんな楽ちんのもんじゃないとわかります。 He has got a gun. を初めて言う場合に、知識を介在させずに、感覚だけで3つをきちんと言い分けるようになるのが、日本人にとってどれほどの難事であることか。

 私の音の扱いはいつでも「中間」を大事にしています。「中間」にある「通じる音」こそが日本人にとって最も価値のある音です。この一点で、私はネイティ ヴ音崇拝の奴隷たちと違っています。彼らはネイティヴ音に「同化」したいのです。語学の態度としては、ネイティヴの性質に由来するものを「媒介」にするこ とがまともであり、ネイティヴの性質に「一元化」することに、私はとてつもなく醜いものを見ています。恥ずかしくないのかというのが、私が何十年もかみ殺 してきた言葉です。
 「一元化」をやってきた磁場帰りの者たちにも、磁場に渡って「一元化」をやりたがる者たちにも同じように醜いものを見ています。

アノヒトタチトハサイショニタモトヲワカチタイ、です。

 今後どういうところに手を入れていくかについてですが、私の自作教材を使ったレッスンは、今のところ、文法の基礎を固めているところですので、息子さん は音の方にはあまり注意が行かないかと思います。「音」に関しては、一休みの段階です。もちろん、「音」に関して問題があればその場で指摘していきます が、おおまかにはこれまでのレッスンで言ったことを熟成させている段階です。味噌を作ったり、酒を作ったりするのと同じで、注意を注ぎながら放置しておく 段階も必要になります。この段階では、私はどのくらいの語数のものがどのくらいの時間で口に乗ってくるかということに注視しています。これは、単音レベル ではなく、リズムに関係する「音」に注意しているということになると思います。単音の発音レベルは今の状態を維持し、口の乗せる語数を徐々に増やしていき ます。
 私の自作教材は、今、二箇所を同時進行で進めていますが、後から追いかけているものが先に進んでいるものに追いついた場合は、本格的に口に乗せる語数を 増やす段階になると思います。熟成が進んできた頃には、「もうCDの音をどんどん真似ていいよ」と再度言うことになります。「もうやれよ、やった方がいい よ」と言うかもしれません。

 コーチからうれしい報告をひとつ。
 [a:r](歯医者)の音を先日、息子さんがすごくきれいに出しました。明らかに「根石先生」由来の音ではなく、CD由来の音でした。おおっ、と声に出 そうになりました。
 私はとにかく、「顎を下げろ」とだけ言ってきたのです。ずっとそれだけを言ってきました。顎の下げが簡単に楽にできる口の動きが備わったときに、息子さ んはCD音を「媒介」にして100点満点の[a:r]を「自分で」実現しました。それもごく簡単に実現したと思っています。「磁場」でこの音を最初から聞 き分ける耳ができています。
 これが、「俺の生徒は俺よりも発音が上手なんだよね」が生じることの秘密です。
 秘密ですが、わかるひとにはすぐにわかるので、秘密でもなんでもない秘密です。     


村田君  投稿者:根石吉久  投稿日:2008年12月 2日(火)02時02分1秒       通報
      >これはもう根石さんの言っているように「音と意味の同致」を起こすしかないのではないかと思います。具体的には「回転読み」「回転書き」の 質を高めていくということではないでしょうか。

 これまでもう10年にもわたって、この掲示板で「音」を問題にしてきました。
 もう、「音」について、それを主眼とすることはいいんじゃないかと思い始めました。
 過去ログが整理されれば、ほとんどのことは言い尽くされていると思います。

 今後は「言いながら、書きながら、思う」です。
 これまでの10年くらいは、そのうちの「言いながら」だけを扱ってきたことになります。
 「書きながら」についてのもっとも良質のお手本は、「算盤」だと思っています。
 「思う」が一番難しいのですが、今の時点で言い切れることは、「この単語が表すことは、こういうコト」の「コト」を思うことと、「この単語はこういう感 じ」と感じることです。
 言葉が読めるというのは、「コト」と「感じ」を同時に内在化することです。
 語学が頼っていいのは、「しゃべれる」じゃなくて、「読める」だと思うのです。
 もう、普段通り酒が入っていますから、後で読むといい加減なことを言っていることになる危険をいつも通り冒しています。

 もうずいぶん前ですが、英語嫌い人さんでしたかが教えてくれたことははっきり覚えています。ギリシアの人たちは、夜、大酒をくらいながら言いたいことを 言い、取り決めを決める、と。翌日、みんなで目をさましてから、是を是とし、非が含まれていたらそれを取り除くと。ソクラテスの時代のギリシアの人たちは そうして共同体の合意を作っていた、と。
 ずいぶん、自分なりの言い方になおしてしまいましたが、英語嫌い人さんが言っていたことと的は外れていないだろうと思います。

 今後は「言いながら、書きながら、思う」ににじり寄ります。
 こんな当たり前の日本語で言うと、馬鹿にされるのがオチですが、じゃあ、おめえさん、この三つをまともにやれるんならやってみろと、現代の日本人に言い たいです。というか、今後、言っていこうと思っています。

 村田君、「回転読み」「回転書き」の質を高めるだけじゃ駄目なんだな。
 「遅読法」を抜かすとどうしようもない。
 「遅読法」を抜かすと、日本にいて語学をやるだけで、重い軽いの別はさまざまだが、英語は神経症をもたらすぜ。
 「回転読み」「回転書き」は、もっと微分できる。
 微分してみつかる原形は「言いながら、書きながら、思う」だろうと思う。
 「言いながら、書きながら、思う」をしこたまやってもらうことだと思う。
 そうすればようやく「回転読み」「回転書き」ってことが広くわかってもらえるんだろうと思う。
 今日も思ってばかりいますが、酔っぱらいですので、ご容赦・・。     



根石さん  投稿者:らくだ  投稿日:2008年12月 2日(火)08時20分11秒       通報
      >「教科書見なくても言える」というのは、本人が「よっしゃー」ならやってもらっていいですが、決して強制にはしないで下さい。

はい。こういうハッキリした成果を差し出されると、ついつい「もっとやってみせろー」と言いたくなりますが、禁欲したいと思います。良いとこ見せようとし て「覚えよう」としはじめるとダメなんでしょうね。結果として自然と覚えてしまっていた、というところがミソかと思います。息子の場合、やはり学校で始ま る前、まっさらな状態から始めた事もプラスに働いているのかもしれません。

>[a:r](歯医者)の音を先日、息子さんがすごくきれいに出しました。明らかに「根石先生」由来の音ではなく、CD由来の音でした。

それはどうでしょうか。CDについては解禁されましたが、まだ全く使っていませんので。根石さんの音とCDの音とのこんがらがりを避けるために、CD練習 は先延ばしにしました。一昨日の一気読みを聞きながら、その思いはさらに強くなりました。まだレッスンを受けていない音があるな、と感じたからです。一通 りの指導を受けるまでCDはやめておこうと思いました。

>この段階では、私はどのくらいの語数のものがどのくらいの時間で口に乗ってくるかということに注視しています。これは、単音レベルではなく、リズムに関 係する「音」に注意しているということになると思います。

納得です。読んでいる様子を見て、発音の細かいところよりも別のところに意識の中心があるような、漠然とそんな感じを受けました。

>熟成が進んできた頃には、「もうCDの音をどんどん真似ていいよ」と再度言うことになります。「もうやれよ、やった方がいいよ」と言うかもしれません。

その時まで、読み練習プラス「言いながら、書きながら、思う」でいきたいと思います。「思う」は、やるのも説明するのも難しいわけですが、

>「この単語が表すことは、こういうコト」の「コト」を思うことと、「この単語はこういう感じ」と感じること

と簡潔に表現していただきましたので、これを合い言葉にしたいと思います。といっても、言うは易し、結構深いことですので、まあ、あまり強い「電圧」はか からないと思いますが。     



らくださん(塾の現場)  投稿者:村田  投稿日:2008年12月 5日(金)13時07分47秒       通報
      >教室では、どういう授業形態をとられているのでしょうか。江戸時代の
>寺子屋みたいに、使用教材や進度が異なる塾生が混在していて、
>おのおの自主練習し、適宜師匠の前で発表して指導を受ける、という
>感じでしょうか。

英語に関しては、使用教材は統一されています。
その他はらくださんの書かれている通りです。
寺子屋の実際はよく知らないんですが、そういう感じなんですね。
わたしは、塾のイメージは空手の道場のイメージがあります。



根石さん(補助教材の文法理解について)  投稿者:村田  投稿日:2008年12月 5日(金)13時14分7秒       通報
      >  これは非常にいいやり方だと思います。
>  日本語を壊さないのがいい点だと思います。
>  この後、文法理解はどうやったのでしょう?

あの補助教材を使っていた時は、文法的なことは教科書ガイドでやっていました(本部の方でもそうだったと思います)。教科書ガイドを2冊用意して、一方の 教科書ガイドは重要事項をホワイトで塗りつぶしておいて、それを答えさせるという方法。
教科書・教科書ガイドともに最後まで終了した人は、「ABCD」へ入り、文法を体系化していくという順序でした。



村田さん  投稿者:らくだ  投稿日:2008年12月 5日(金)23時20分9秒       通報
      江戸時代の寺子屋(手習塾)では、商家の子供、庄屋の子供とそれぞれにあった教材を先生が選んで与えたと、何かで読みました。素読舎の場合は 目的が同じですから、各人の進度の問題だけですね。

>わたしは、塾のイメージは空手の道場のイメージがあります。

いいですね。そういうスタイルの塾が増えるといいのですが。黒板使った一斉授業は古い、素読舎は古くて新しい。



村田君  投稿者:根石吉久  投稿日:2008年12月 7日(日)03時24分9秒       通報
      >あの補助教材を使っていた時は、文法的なことは教科書ガイドでやっていました(本部の方でもそうだったと思います)。教科書ガイドを2冊用 意して、一方の教科書ガイドは重要事項をホワイトで塗りつぶしておいて、それを答えさせるという方法。

 ああ、そうだったな。ホワイトで塗り潰すと、石油系合成化学物質の臭いがたまらねえんだ。くせえ。こちとら、ショーバイで何時間も連続で塗りつぶすんだ ぞ、なんだこのくせえ臭いはと思いながらやりましたが、ガスをしこたま吸っただけで、結局、教科書ガイドを使うのはやめました。文法の扱い方が全然本質的 でないのです。石油系合成化学物質を俺が吸う価値があるような記述ではない。吸いながらそう思っていたのですが、やりかけてくやしいから3冊塗りつぶした んじゃなかったか。で、やっぱり駄目でした。記述が駄目なものは駄目なんですね。俺の教材作りはこんなことの連続です。
 ごみ問題とつながりますが、石油系合成化学物質のガスをしこたま吸ったことと、ABCD を全面的に書き換えることに着手したことには因果関係があります。
 冗談じゃねえ。こんな馬鹿なことはもうやりたくねえと思ったのでした。
 俺の方が、まともな文法記述ができるわ、とも思ったのでした。
 けっ、文科省、と。     


らくださん  投稿者:根石吉久  投稿日:2008年12月 9日(火)00時59分25秒       通報  編集済
       先日、I 村さんのレッスンをして、レッスンの後で、以下のような話をしました。

「最近、ずいぶんと音が立体的になってきたと思います。NHKの『英会話』だったか、このレッスンと並行してやられているとお聞きしたことがあるように覚 えているんですが、そのせいでしょうか。」
「NHKのほうは、やめてしまいました。」
「そうなんですか。このレッスンを幹にして、何かひとつ枝を生やして欲しいとは思っているので、NHKは続けられたらいいんですが・・・。英検とか TOEICを受けるんでもいいと思いますが。」
「三日坊主で続かないんですよ。」
「それにしては、このところずいぶんと音が立体的になっていると思うんですが・・・。」
「二、三カ月前に初心に帰ろうと思って、楽に流さないように練習し始めたせいだと思います。続けているのはこのレッスンだけです」

 そんな話をして、後で思ったことですが、I 村さんの音が格段によくなったのは、音を立体化させようと自覚して練習していることが最大の原因だとしても、今の I 村さんの発音には、NHKの英語番組を聞いていた頃に得た音がかなり入り込んでいるということでした。
 私のレッスンを継続しながら、I 村さんはラジオの英語番組の音をかなり媒介にできているなと思い、それで思い出したのが、らくださんの息子さんのことでした。

  [a:r] の音が非常にきれいに出ていたので、息子さんがCDの音を媒介にした成果だろうと書いたところ、CDは使っていないので、そんなことはなかろうというらく ださんからのお返事でした。
私は [a:r] については、とにかく「顎を下げろ」としか言いません。顎が下がることが最大のポイントだと考えていますので、とにかくそれだけを言います。
[a:r] のきれいな音は、顎を大きく下げて、口の両端をちょっと絞るようにすると出ますが、息子さんは私が一度もそんなことを言わなかったのに、その「絞り」を やっていたのです。私の指示だけからは出てくるはずがない音なのです。

 そんなわけで、息子さんは学校の教室で聞かされた音なのか、英語の歌を聞くことによってなのか、とにかくどこかで「複製音声」を見事に媒介にした瞬間が あるのだと考えています。
 私の指示だけからは出てくるはずのない見事な [a:r] でした。

 私はとにかく、最大のポイントや該当音の本質しか言いません。それで作れるのは、完成形の音ではないのです。しかし、最大のポイントと本質を外さないで 練習を継続し、口の動きに柔らかさができると、複製音声を容易に媒介にできる段階に達します。

 「いきなり」CDを聞いて真似しろが駄目なのは、多くの日本人が、「複製音声を媒介にできる段階」になっていないのに、ただ単に真似させようとするとこ ろです。

 I 村さんの例とらくださんの息子さんの例が逆にそのことを照らし出していると思っています。     



根石さん  投稿者:らくだ  投稿日:2008年12月 9日(火)20時53分39秒       通報
      > そんなわけで、息子さんは学校の教室で聞かされた音なのか、英語の歌を聞くことによってなのか、とにかくどこかで「複製音声」を見事に媒 介にした瞬間があるのだと考えています。

根石さんがおっしゃる通りのようです。息子によく聞いてみたところ、授業でCDを流すことがあるようです。また、息子に言わせると、「先生の発音はCDと おんなじだよ」とのことでした。


英検受けたい  投稿者:らくだ  投稿日:2008年12月10日(水)09時55分10秒       通報
      昨日、息子が「俺、英検5級って受かる?」と言い出しました。聞くと、友達で4級を持っている子がいるらしく、自分もやってみたいということ でした。意欲を見せているのに水を差すのもなんですが、やめておけと答えました。英検に受かるには、それ用の準備をする必要があるでしょうし、ただでさえ 学校の中間・期末試験があるのに加え、あまり細切れの“お勉強”をさせたくないと思っています。「持っておくと何かと有利らしいよ」などと言うので、英検 に興味があるなら5、4級は飛ばして、3年で3級か、頑張って準2級(ちょっと無謀か)とればいい。今は教科書をだいぶ暗唱できていることの方がずっと価 値がある、と言いました。



らくださん  投稿者:根石吉久  投稿日:2008年12月10日(水)23時44分53秒       通報  編集済
      >また、息子に言わせると、「先生の発音はCDとおんなじだよ」とのことでした。

 この「先生の発音」というのは、「根石先生の発音」ということでしょうか。●●先生の発音ではなさそうなので、「根石先生の発音」だとして受け取りまし た。
 もしそうなら、「おんなじ」ってことはありません。●●先生の発音がカタカナ発音であるなら、CDの発音と大きくかけ離れているということはあると思い ます。「根石先生の発音」は、カタカナ発音の範囲を脱してはいますが、CDの発音とは本質的な違いがあります。

 「根石先生」の音は、ベースの音が日本語にあるということで本質的な違いを形成します。●●先生の音より、「根石先生の発音」の方がCDの音に「近い」 というのであれば、それはそうだろうなと思っています。

 私には、英語の音に至るために日本人に必要な媒介項になろうという覚悟があります。CDを吹き込んだ英語ネイティヴにも、AETとして日本に在住する英 語ネイティヴにもこの覚悟はありません。それが本質的な違いになります。
 英語ネイティヴは、ガキの頃からしゃべっていた音をしゃべるだけですから、媒介項になろうとしてもなることができません。日本人の初心者の音と英語ネイ ティヴの音の中間項(媒介項)なんかやれっこないのです。
 英会話重視の文科省方針により、AETが数千人日本にいるようですが、子供がガイジン慣れするのに多少役立つだけで、語学的にはやはりゴミ問題(税金の 無駄使い)です。うちに遊びに来るAETなんかの話を聞いていると、文科省は完全にナメられています。連中は、「金をもらって、長期観光ができるんだか ら、こんなうまい話はないと思って応募した」と言っています。

 日本に何万枚の英語学習用のCDがあるのか知りませんが、その95パーセント以上が無駄になっていると思っています。これも、ほとんど語学問題ではな く、ゴミ問題だと言っていいくらい無駄になっていると思います。

 AET招致の日本の手柄は、ガイジンの生身を役に立たないCD扱いしているところにしかみつけられません。連中は「金をもらって長期観光」なんだから、 痛くも痒くもないのかもしれませんが、うちへ来ると多少痒そうな顔をします。

 日本語の音が「こちら岸」の音だとすれば、英語の音は「向こう岸」の音です。「根石先生の音」というのは、その間を結ぶ橋とか、渡し舟みたいなもので す。
 渡し舟の喩えがいいかもしれませんので、それで書いてみます。
 「いきなり」CDを聴いて真似しろが駄目なのは、こちら岸から向こう岸に行くのに、「とにかく泳げ」と言っているようなことです。音楽的センスのいい子 供や、英語を「神様語」扱いするフリーク達は、「やみくも」に泳いで川を渡ってしまうかもしれませんが、中学生くらいの年齢の子供の多くが溺れて流されま す。
 「いきなり」CDを聴いて真似しろという先生は、普通の子供達に(語学的に)「溺れ死ね」と言っているのと同じです。
 「いきなりCD=川流れ」です。どれほどの中学生が語学的に「川流れ」させられていることか。
 私が船頭をやっている舟は、完全に向こう岸に横付けにするのではなく、浅瀬まで舟を進めて、「後は自分で歩け」方式です。多少は自分のズボンも濡らせ方 式です。アメリカだって浅瀬くらいは用意してくれています。ネイティヴ音素含有率80パーセント台はCDをどんどん媒介にしろ、90パーセント台は、実際 の言語使用でいけと言っているのは、そういう(不)親切です。

 本当はすべての中学生に媒介項が必要なのです。日本の学校の英語の授業で、先生たちが、媒介項になれないのが大問題なのです。語学の先生というものは、 自分が上手に発音するだけでも駄目、自分のカタカナ発音を放置するのでも駄目です。子供がCD音(複製音声)を媒介にできるようになるまでの媒介項になる ことが語学を扱う先生の本当の役目です。
 これには、「発音用決まり文句」がないと駄目だと考えています。

 「一瞬、般若の顔になってくれ」「どうすんの?」「口の両端を斜め上にひっぱりあげる」という時の、「口の両端斜め上」が私の決まり文句です。「上の歯 で下唇を押さえて息で離せ」なんかは多少説明的です。
 決まり文句が作れるものは、片っ端から決まり文句を作り、決まり文句でどうにもならないものは、説明的に長ったらしいことも言います。媒介項(根石吉 久)がやる作業の実質部分がそういうものです。

 媒介項(根石吉久)を媒介にすれば、子供は容易にCD音を媒介にできるようになります。そうして「通用する自分の音」を作っていけばいいのだと考えてい ます。激しい練習をするのはヤダっていう子供は「通用する自分の音」を獲得できないかもしれませんが、向こう岸の浅瀬まで舟で連れていけばコーチ(船頭) の役目は果たせたものと考えさせてもらっています。

 日本語の音と英語の音の間には、媒介項が必要なだけの大きな距離があります。     



高校学習指導要領  投稿者:Jackie  投稿日:2008年12月22日(月)20時12分46秒       通報
      英語で授業、単語500増=脱ゆとり踏襲、理数前倒し−高校新指導要領案・文科省
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2008122200585

「英語の授業は英語で」、現場は戸惑い
http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye4023434.html
>「英語の授業は基本的には英語で」。文部科学省は10年ぶりに改定される高校の学習指導要領の案を公表しましたが、英語の授業のあり方がをこのように示 されました。本当に出来るのでしょうか?

 22日に公表された高校の学習指導要領案。小中学校の指導要領で打ち出した「脱ゆとり教育」を踏襲し、理数教育の充実などが盛り込まれましたが中でも、 注目は英語。

 学ぶべき単語の数をこれまでの1300から1800に増やすとしたほか、新たに「英語の授業は英語で行うことを基本とする」との内容が盛り込まれまし た。

 文部科学省が作った小学校用の英語教材。3年後には小学校でも英語を教えるよう、今年春に発表された小学校用の指導要領に初めて盛り込まれましたが、英 語教育の充実を高校でも、という方針なのです。しかし・・・

 「(授業に)遅れる人は増えるのでは。日本語で教えてもらっても、分からないことが多い」
 「無理があると思う」
 「(英語の授業は)全然分からないと思う」(高校生)

 と、高校生には評判はいまひとつ。さらに、教える側は・・・

 「現場に戸惑いはあると思う。授業の準備に時間がかかるし」(東京都立新宿高校 保坂英文教諭)

 文部科学省では「日本語の使用をすべて禁じるわけではない」としたうえで、「討論などを通じて生徒が積極的に発言するようになること」を、狙っていると いうことですが・・・

 「大学入試が今までどおり読解・文法中心であれば、生徒は(『発言』ではなく)そちらに目を向ける」(東京都立新宿高校 保坂英文教諭)

 新しい指導要領は5年後、2013年度の新入生から適用されますが、これで“英語嫌い”は減るのでしょうか。(22日17:     



反動  投稿者:村田  投稿日:2008年12月22日(月)20時58分5秒       通報
      Jackieさんの投稿を読んで、なんでこうも極端から極端へ振れるんだろうかと思いました。英語の教科書がマンガになってしまった後は、い きなり「英語の授業は英語」で、って!
じゃあ中学ではペーパーテストなしで、きちんと訓練に時間をかけるんでしょうね。そうじゃなければ高校で英語で討論はありえない。

ところで、アメリカの高校生で外国語に日本語を選択した人は、全部日本語で授業を進めるんだろうか。


文部科学省=馬鹿の巣窟  投稿者:根石吉久  投稿日:2008年12月23日(火)00時19分50秒       通報
       こんなもの、できっこない。やれば実にみっともないことをやるだけになる。こんなことをやったら、日本人の英語は今よりもはるかにぼろぼろ になる、とムキになって言うこともないか。
 これまで学校が何をやってきたのかと思えば、文部科学省が今後、学校の何をどういじろうと、そんなものは生徒一人の英語力の実質とはほとんど何の関係も ないのだ。文部科学省が英語に関してやったことで、実効性のあったものなんかありはしない。すべては失敗の連続だった。

 力をつける生徒は、学校なんかとは関係なく、昔だって今だって一人で力をつけたのだ。これからだってそうだ。

 しかし、それにしてもひどいもんだ。初めからできっこないとわかっていることを、あたかもできるかのように、よくもまあしゃあしゃあと言えるものだ。文 部科学省には恥のかけらもない。厚顔無恥省と名を改めるがいい。

 「電話でレッスン」で私は高校の英語の先生を何人もコーチしてきた。英語で授業する? できっこない。できっこないのは目に見えている。しかし、たとえ できたとしても、3000や4000程度の単語しか知らない生徒(実際はもっとずっと知らない)に英語で説明して何がどうなるんだか、それ一つだけでいい から文部科学省はきちんと説明するがいい。このこと一つを説明しないのなら、文部科学厚顔無恥省は税金をドブに流すと公言しただけのことである。今後もさ らにいっそう学校をただの「お飾り」にしていくと言っただけである。

 文部科学省=「馬鹿の巣窟」は決して大げさでもなんでもない。事実そのまま、実質そのままだ。
 これまでも無策であり、無知であり、形だけであり、空文句のお題目を唱えてきただけだったのだ。これからもその路線で行くと公言したのである。とにか く、この省庁に恥というものはかけらもない。     



小学校英語教育  投稿者:江戸の母  投稿日:2008年12月23日(火)22時34分59秒       通報  編集済
      わわわわわ、私も知的会話についていけず、恐縮しきりですが・・・

ゆっくり母さん息子さん、百面相^^ ほんと顔が見えていたらうちもたぶんダメでしょう!声だけの交流、ゆっくり継続できたらいいですね〜

根石さん、精神年齢が実年齢より2歳は下回ってると親は覚悟してる(?いえいえ、時にイライラしてしまいます)息子ですが、どうぞよろしくお願いします。

こないだNHKで「公立教育の現場」を検証する番組で牧野剛氏(河合塾講師)が最初に今の子どもは「まともな日本語がしゃべれない」「単語をならべるだけ で、文章にできない」というようなことを言ってまして、うちもまさに、同感!でございます。気持ちを言葉で伝えることが苦手。我が家では英語よりも日本語 を勉強させろ〜と一致していますが、たぶん珍しい家庭なのだと思います。仲間が見つかればいいのですが。

息子はガッコで「しーゆーあげいん」を帰りの挨拶に言わされていたり
どこで覚えたのか「お〜まいごっど」なんて口走ってるのを見聞きすると、ぞぞぞっとします。

ところで先日うちの自治体で「日本語学級増設」の陳情が全会派一致の一発採択されました。
それだけニーズがあるということは、この地に外国人も増えていて日本語圏で生活するのに困っているとのことなのでしょう。小学校教師からの授業よりか、日 本語学級に通う生徒との交流とか、生徒のご両親を講師に招く授業はどうかな〜な〜んて思いつきました。どう思われますか?


江戸の母さん  投稿者:根石吉久  投稿日:2008年12月25日(木)01時45分44秒       通報
      >根石さん、精神年齢が実年齢より2歳は下回ってると親は覚悟してる(?いえいえ、時にイライラしてしまいます)息子ですが、どうぞよろしく お願いします。

 うらやましいです。今の子供は、実年齢より上回って、その分空滑りしている子供が多いです。
 うちの孫は、ませていて、実年齢より上の言い回しを繰り出します。こいつは、多分、十代のどこかで「ひきこもり」をやるんじゃないかなと「覚悟」してい ます。下回っても、上回っても、大変です。でも、どっちも大丈夫なんだと思っています。

>こないだNHKで「公立教育の現場」を検証する番組で牧野剛氏(河合塾講師)が最初に今の子どもは「まともな日本語がしゃべれない」「単語をならべるだ けで、文章にできない」というようなことを言ってまして、うちもまさに、同感!でございます。

 そんなこと、心配せず、放っておいて大丈夫だと思います。旦那さんが心配されましたが、私のレッスンで、息子さんは、意味もわからないちんぷんかんぷん な日本語を「文章」として読まされています。素読が効いてくると思っています。
 手前味噌で言いますが、小学生の間は、素読と算数の計算だけできれば、他は全部放っておいても大丈夫です。(その気になれば、後からみんな取り戻せま す。)

>息子はガッコで「しーゆーあげいん」を帰りの挨拶に言わされていたり
どこで覚えたのか「お〜まいごっど」なんて口走ってるのを見聞きすると、ぞぞぞっとします。

 アホな光景ですね。学校はこういう馬鹿な真似をさっさとやめてもらいたい。みっともないと思わないのでしょうかね。ぞぞぞっって感覚がまともです。子供 さんに、「馬鹿な真似」とか「みっともない」とか一度でいいから言っておくことは必要ですね。

>ところで先日うちの自治体で「日本語学級増設」の陳情が全会派一致の一発採択されました。
それだけニーズがあるということは、この地に外国人も増えていて日本語圏で生活するのに困っているとのことなのでしょう。小学校教師からの授業よりか、日 本語学級に通う生徒との交流とか、生徒のご両親を講師に招く授業はどうかな〜な〜んて思いつきました。どう思われますか?

 日本語学級に通う生徒の家族と家族ぐるみのつきあいが一番いいと思います。親を「講師」にするのは賛成できません。「講師」でなく、円座でみんなで一緒 にものを食うみたいなのがいいと思います。それでも日本人の数家族が、日本在住の外国人の一家族を囲むみたいになると、圧迫感ができてしまうので、まず は、一家族と一家族でつきあうのがいいのではないでしょうか。     


根石さん、ゆっくり母さん  投稿者:江戸の母  投稿日:2008年12月25日(木)04時01分46秒       通報
      根石さん
お返事ありがとうございます。しかと読ませていただきました。
私にとっては、もうそろそろ「サンタ」に変身する時間&仮眠時間です^^

子どもは「まさに水を吸うスポンジ」のごとく、日々いろんなことを吸収していき、興味を持っています。1年前はできなかったことができるようになったり、 友達との関係が広がったり、その成長ぶりは、ほんとフットした時にわかることで、親としてじわ〜〜とくるものですね。

英語の吸収力も大人より、早いのでしょうね。
親としては、根石さんからの音を子どもの耳に残していきたいです。

外国人親子との家族ぐるみの交流ということで、ご助言いただきましたが、
ほんと、理想ですね〜しかしDSを無制限にあたるかどうか、食事についても炭酸やスナック菓子をあたるかどうか、ある程度、同じような考え方の家庭かどう かを手探りしながら、交流するということもしています。(相手の家庭の方針に、口出しするのはなかなかできませんもので)近所にお母さんがフィリピンの方 もおり、家族ぐるみを想定してみたのですが、お父さんは話ずらそうな雰囲気なこととか、DS、お菓子は無制限のようなので、ちょっと抵抗を感じてしまいま した。他にも検討してみます。ありがとうございます。

空き枠、金曜8時40分、
子どもたちが眠たくなる時間なので、大人レッスンで入りたいのはやまやまなのですが、今は子どもたちと添い寝が必須なので、難しいです。残念ですが。

ゆっくり母さん
息子君の元気な声が聞こえるたび、おお!と圧倒されます^^一緒に進めることができて感謝です。このご縁にも感謝。
さて、ゆっくり母さんがご紹介されていたAudacityもDLしてみました。これが使えるといいですね!スカイプ導入に続き、がんばります。
今のところ表示に録音ボタンがグレーになっているのが気になります。ボタンを押すことができません。都合がついた時間にスカイプで録音テストをさせてくだ さい〜


全然突拍子も無くてすみませんが、
花田清輝>
「ユートピア社会ってのは資本制社会の枠内で単純再生産を実現できれば、できるんだ」
今、新自由主義と福祉ということを考えていて、花田のこの言葉が何か疑問を解決するキーワードになるかなと思いました。語学論、貨幣論という視点とは、全 然違うし、幼稚な私の独り言ですが、花田は(モンゴル)を理想としていたということもうつろな記憶にあります。ビジョンが見えれば、どう歩くべきか、道筋 が見えてきますよね。こちらも、少しづつ検討していければいいなと思っています。突然でスミマセン(汗)



根石さん  投稿者:らくだ  投稿日:2008年12月25日(木)08時29分10秒       通報
      本日以降で、夜の11時にテストができる日はありますでしょうか。その時間なら間違いなく帰宅できると思いますので。日を指定していただけれ ば呼び出しさせていただきます。


たびたびすみません  投稿者:江戸の母  投稿日:2008年12月26日(金)02時27分30秒       通報  編集済
      小学校英語教育についてですが、
子どもの冬休みの宿題のひとつに「英語 進んで習った英語を使ってみましょう」
というのがあり、ぐらっとしてしまいました。さらに、子どもはなにか歌を歌いながら体を動かして、「おーるおばーみー、じょいじょいじょいじょい〜♪」な どと、全然英語として通じない発音で言っています。「遊び感覚」で遊びながら、英語を身につけようという魂胆でしょうか。果たしてこの音が誰かが聞いて理 解できる音なんだろうか?日本人にしか通じない音のような気がしてきました。こんな変な文化がすりこまれている状態に、どうしようかと模索中です。


江戸の母さん  投稿者:根石吉久  投稿日:2008年12月26日(金)03時17分32秒       通報  編集済
      >小学校英語教育についてですが、
子どもの冬休みの宿題のひとつに「英語 進んで習った英語を使ってみましょう」
というのがあり、ぐらっとしてしまいました。さらに、子どもはなにか歌を歌いながら体を動かして、「おーるおばーみー、じょいじょいじょいじょい〜♪」な どと、全然英語として通じない発音で言っています。「遊び感覚」で遊びながら、英語を身につけようという魂胆でしょうか。果たしてこの音が誰かが聞いて理 解できる音なんだろうか?日本人にしか通じない音のような気がしてきました。こんな変な文化がすりこまれている状態に、どうしようかと模索中です。

 「おーるおばーみー、じょいじょいじょいじょい〜♪」!

 ウツクシイーーー! これ、誰でしたっけ。昔、男の裏声で、ウツクシーーーーって叫ぶ芸人いましたが。

 まあ、遊ばせておけばいいんじゃないでしょうか。
 子供はすごいです。どうでもいいことをきっかけにしてここまで遊ぶかって。大人にはなかなか。

 私は「子供のけんかですよ」とか、お説教をいただいてしまいましたが、遊んで何が悪い!と言い返すことを回避できません。俺のお遊戯にめくじらたてる人 がいて、迷惑でした。

 俺は、私は、わたくし、罪深い大人であるため、レッスンでは遊べないのですが、掲示板では遊ばせてもらっています。

>こんな変な文化がすりこまれている状態に、どうしようかと模索中です。

 子供というものは、こういう間違ったものをすりこまれて育つことを避けられない存在です。「変だよ」とか「馬鹿らしいよ」とあきらめずに言い続けるしか ないんじゃないでしょうか。学びながら、言い続けるしかないと思います。     
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根石さん  投稿者:江戸の母  投稿日:2008年12月26日(金)04時23分4秒       通報
      忙しい中、お返事ありがとうございます!

>子供というものは、こういう間違ったものをすりこまれて育つことを避けられない存在です。

とてもわかります。子どもの頃、「合成着色料」とかがついた駄菓子がものすごい魅力的でした。あまりに「合成着色料」とかから縁を切った生活をしていると 抵抗力がなくなってしまいますよね。

英語遊びの中で、またあたらしい遊びを見つける可能性もあるかもしれませんしね。様子をみてみます。「お〜まいごっど」はむかっとしてしまいますが^^



江戸の母さん  投稿者:根石吉久  投稿日:2008年12月26日(金)22時05分45秒       通報  編集済
      >子どもの頃、「合成着色料」とかがついた駄菓子がものすごい魅力的でした。あまりに「合成着色料」とかから縁を切った生活をしていると抵抗 力がなくなってしまいますよね。

 食品に添加されている化学物質の作用については、「わからない」とするのがいいと思っています。「合成着色料」が「抵抗力」をつけるかどうかは「わから ない」と思います。
 「合成着色料」に毒性があるとして、「抵抗力」というのは、その毒性に対しての「抵抗力」と考えておられるのかと思いますが、人間の体がそういう抵抗力 を備えるのは、細菌が抵抗力を備えるようになるのと比べるとはるかにずっと長い時間がかかるんじゃないでしょうか。
 鳥インフルエンザのウイルスの変異(進化?)は、鳥の餌に抗生物質を常用するために生じたことだという説を最近会った人から聞きました。よく納得できた 説明でした。細菌やウイルス菌は、割と短期間に化学物質に対する抵抗力を備えてしまうのではないかと思います。人間の体や鳥の体は、そんなふうに短時間に は、化学物質や薬に対応できないのではないでしょうか。
 「わからない」ものについては、避けるのがいいんじゃないでしょうか。

>英語遊びの中で、またあたらしい遊びを見つける可能性もあるかもしれませんしね。様子をみてみます。「お〜まいごっど」はむかっとしてしまいますが^^

 学校がやらせている英語遊びは英語だなどと思わないでつきあうしかありませんね。意味をなさない音を遊ぶ遊びでしかありません。そんなものに、本来子供 がつきあわされる必要はないのです。ですが、現実に学校が馬鹿げたことを始めてしまっているのであれば、英語だなどと思わず、単なる遊びにしてしまうしか ありません。
 なんらかの形で抗議はすべきだと思いますが、直接に校長や担任に言うのはやりにくいのであれば、「江戸の母」の名で、ここに馬鹿げた「小学校英語」の実 態を書き続けられるといいと思います。
 「お〜まいごっど」に対するむかつきはむかつきとして顔に出されるのがいいと思っています。日本人の子供が日本の学校から帰宅して、「お〜まいごっど」 を言う!
 非常に馬鹿げたくだらない光景です。「くだらない」と声をあげることを「継続」されるしかないと思います。私もやっていくつもりですが、江戸の母さんも 「継続」されることをお願いします。     



江戸の母さん  投稿者:根石吉久  投稿日:2008年12月28日(日)03時06分26秒       通報
      >しかしDSを無制限にあたるかどうか、食事についても炭酸やスナック菓子をあたるかどうか、ある程度、同じような考え方の家庭かどうかを手 探りしながら、交流するということもしています。

 すみません。教えていただけますか。文中にある DS って何のことでしょう。どうも世の中の速い流れについていけなくなっていますので、お手数でしょうが、よろしくお願いします。     



根石さん  投稿者:江戸の母  投稿日:2008年12月29日(月)02時43分9秒       通報
      >「合成着色料」が「抵抗力」をつけるかどうかは「わからない」と思います。

そうですね。「合成着色料」に限らず、「食品添加物」一般についても注意してるんですが、これが「抵抗力」をつけることとなるかどうかは結びつきません ね。失礼しました。
「添加物」が人体に及ぼす影響は、まだ私たち(カップラーメンが出回った世代です)が老齢になったとき、同じような体の不調が出た時に検証されていくかも しれませんね。

鳥の餌に抗生物質を入れているのは、怖いですね。

>細菌やウイルス菌は、割と短期間に化学物質に対する抵抗力を備えてしまうのではないかと思います。

人間は抗生物質をたくさん飲み続けると薬が効かなくなってしまうのに対して、菌類のほうがはるかに柔軟性があるということでしょうか。

>学校がやらせている英語遊びは英語だなどと思わないでつきあうしかありませんね。

なるほど〜わかりました。今は我が家で一人、たまにへんな英語をいう子どもがいるという状態ですが、これが友達が遊びに来て複数で会話しだしたら気持ち悪 い光景です。そうなったら、子どもに罪は無いので教育を考えている大人たちに、なんとか発信することも考えますね。またここで報告させていただきます!

>DS
これは任天堂のゲームです。テレビゲームは室内でしか遊べないのに対して、これは持ち運び可能な携帯型ゲームで、赤外線通信によって、複数人と同一ソフト で対戦したり遊べるようです。正式名称は「Dobble Screen」公園でもよく子どもたちが座って遊んでいるのをみかけますよ。通勤電車でも大人が シューティングゲームやゴルフ、英語の勉強をしてるのをみかけます。って、私もまだやったことがないので、感覚がわからないのですが。本体の金額は1万7 千円くらいします。ゲームのソフトは3〜5千円。子どもがこんな高額のおもちゃを持っていることが個人的にむかつきます。(保育園児、幼稚園児でも、持っ ている子どもがざらにいます。)一銭も働いたことがない子どもが合計2万円ものおもちゃを所有してるってどうも腹が立ちます。

でも子どもの世界ではゲームが「共通文化」になってるところもあり、仲間に入れないと疎外感を感じストレスが見受けられたので、うちは任天堂のテレビにつ なぐゲーム機Wiiというのを購入して週末だけ、家族がいるときに遊ぶという方式にしました。

明日、7時半 今年最終のレッスンですね。よろしくお願いいたします。     



江戸の母さん  投稿者:根石吉久  投稿日:2008年12月29日(月)05時30分1秒       通報
      >>細菌やウイルス菌は、割と短期間に化学物質に対する抵抗力を備えてしまうのではないかと思います。

>人間は抗生物質をたくさん飲み続けると薬が効かなくなってしまうのに対して、菌類のほうがはるかに柔軟性があるということでしょうか。

 そうだと思います。人間の体は「薬が効かなくなってしまう」程度にしか変わらないのに対して、細菌やウイルスは、化学物質を媒介にして、別種として生ま れ変わることが比較的簡単に起こるのではないかと想像しています。子供が好きな「変身」は、実は(テレビ等の)映像としてリアルなだけでなく、自然界で事 実性のレベルで起こっているのだと思っています。新しいウイルスができるっていうことです。

>今は我が家で一人、たまにへんな英語をいう子どもがいるという状態ですが、これが友達が遊びに来て複数で会話しだしたら気持ち悪い光景です。

 複数で会話しだすってことは起こらないと思います。学校でやらされるニセエイゴは、子供たちはギャグにしか使わないと思います。

>これは任天堂のゲームです。

 わかりました。ありがとうございます。
 頭の痛いところですね。我が家では、体を動かす「お手伝い」がけっこういっぱいあって、孫はストープの薪を薪小屋に運ぶのが(いまのところは)好きで す。それをやった日は、こちらの裁量でおこづかいをあげます。(こちらの裁量に文句を言うことがありますが、一人なので孫は労働組合を作れず、私に言い負 かされています。)
 このおこづかいで、孫はおもちゃを買っています。大人が買い与えることもありますが、今のところ数百円のおもちゃで跳ね上がって喜びます。この間も、外 から車で帰ってきたら、孫が全速力でこちらに向かって走ってきて、「サンタさんが、ウルトラマンをくれたよ」って叫びました。
 今は数百円で済みますが、そのうちに任天堂を欲しがるようになるでしょうね。今は、数十円から百円程度のおこづかいですが、孫も体力ができてくれば、少 しずつ仕事らしくなっていくでしょうから、おこづかいを一回数百円まで増額することになるでしょう。基本的に孫が自分のお金で買うというのを崩さないでい きたいと思いました。