母音の前のtheは『ジ』と読むか  投稿者:村田  投稿日:2008年 6月23日(月)17時19分44秒       通報  編集済
      根石さんとスカイプでチョムスキーのRogue Statesをやっているときのことです。

Rogue Statesの読み合わせを始めてから気になっていたことがありました。
根石さんは母音の前のtheを「ジ」と読んでいないなあと。
でも、何か目論見があってあえてやってるんだろうな、と思っていました。
たぶん、theの強形が母音の前で自然に「ジ」という感じに発音されるようになる、というようなことを実験しているんじゃないかな?と。

で、先々週なんですが、読み合わせ中に、ついに聞いてみました。

村田「母音の前のtheを、『ジ』と読んでませんよね?どうしてですか?」
根石さん「ネイティヴは『ザ』『ジ』という感じには区別しいてないんじゃないかなあ。無意識にやっていることだと思うんだよ。俺は母音の前のtheが 『ザ』になるか『ジ』になるかっていうことには今では関心がないから、全部『ザ』と読んでいるよ。」
村田「私は、根石さんが実験してるんだと思っていました。」
根石さん「そんなことはしていないよ。俺は『ダーリンは外国人』っていう漫画を読んで、ネイティヴは母音の前の『ザ』『ジ』に関しては無意識なんだという ことがわかってから、わざわざ『ジ』とは言わなくなった。むしろ日本の学者とか英語まわりの人たちには細かく言う人がいるかもしれないね。」
村田「それじゃあ、塾生には母音の前のtheの『ザ』『ジ』は特に注意することはないですね?『学校のテストでは母音の前のtheはジと読むという問題が 出るときがある』という知識だけ言っておいて。」
根石さん「村田君はそう言うけどさ、俺は今までテストでその問題に出会ったことないんだよなあ。見たことあるかい?」
村田「言われてみればなかったかも…。」
根石さん「そうだろ?
ネイティヴは母音が言いにくいんじゃないかなあと俺は思うんだよ。特に母音の連続が。そのことと母音の前のtheの読み方が関係あるかどうかはわからない が…。日本語は母音だらけだから、日本人は『ザ』か『ジ』かということが気になるのかもしれないな。
theはだいたい弱形の場合が多いから、弱い音である限りは『ザ』でも『ジ』でもOKだ。
俺は『ザ』か『ジ』かっていうことには関心がないけれど、弱い音かどうかということには注意する。塾生には『語学的標準形』としての読み方をした場合に、 弱い音で読んでいるかどうかは意識させるべきだ。そもそも『ザ』と『ジ』の母音はそれぞれ/逆さe/と/i/で、これは音的にはよく似ている。 /i/は/逆さe/ほど弱くない。/逆さe/は消滅寸前の音だな。ネイティヴはここらへんの音は別の音とは意識していないんじゃないか。」
村田「日本人だから、別の音として捉えるんでしょうかね。」

以下は私が感じたことです。
英語ネイティヴにとっては、/i/と/逆さe/は同じ音の強弱の関係。
日本語ネイティヴにとっては、/i/と/逆さe/は別の母音に聞こえてしまう。
「語学的標準形」で例文を読む時、音が強いか弱いかを意識してこなれた音を作っていけば、/i/と/逆さe/が別の音ではなく、同じ音の強弱が変化したも のであることを体感できるのではないか。
であるなら、語学的標準形として読む練習をしている限り、『ザ』であるか『ジ』であるかは問題ではない。

まだ具体的なおもしろいエピソードがあったんですが、割愛。『ザ』か『ジ』か、っていうことだけから話がえらく広がっていくものです。


村田君の記事への補足  投稿者:根石吉久  投稿日:2008年 6月30日(月)01時01分55秒       通報  編集済
       「ザ」と「ジ」の違いは、弱い母音の違いであり、一方は「逆さe」、もう一方は[i]です。
 単独で現れる「逆さe」は、「弱い音(狭い音)」で、[i]は、[e]を強形ととらえた場合の弱形です。( [e]の弱い音が[i]です。)
 [e]の弱い音が[i]である例は、record などのの名詞と動詞の発音の違いになります。
 record が名詞であれば、re のところにアクセントがあり、e は発音記号でも [e] になりますが、動詞であれば、アクセントが cor のところに移り、re は弱くなり、そこに含まれる e は [i]の音になります。つまり、[e] が弱い場合、[i] になるということです。
 ともに「弱い音」の [逆さe] と [i] の区別なんかにかかずらっている暇に、もっと直すべき大事な音がいっぱいあるという考えを持っています。
 特に大事なのが、「ア系列」と私が呼んでいる系列に含まれる音の区別です。
 こっちの重大さから見れば、「ザ」と「ジ」の区別などスコラ的なアホくさい区別にすぎないと考えているわけです。学校英語がスコラ的であることの例は、 こういうささいなところにもみつかります。
 「ザ」と「ジ」の区別なんか放っておいても、「ア系列」の音をきちんと区別できるようになれば、日本人の英語の音は十分使い物になると言っても同じで す。     



音の大切さ  投稿者:福岡Mです  投稿日:2008年10月 3日(金)22時47分14秒       通報
      根石さんお久しぶりです。最近ひと段落しましたので、ホームページをのぞいてみました。からっぽの意味、と当事者性の意味について今いろいろ と考えています。音の大切さにであってから、私の英語は格段に変わりました。今まで、点だったものが、立体にかわるというか、、、、語彙が貧困でうまく表 現できないのですが、、、でもまだ、抑揚に関してはつかめていません。根石さんに「何かの音声のコピーのような印象」と指摘をうけたのですが、そこからの 脱却が今のところの目標です。そして、根石さんのように音を大事にした指導をしていきたいと考えています。まだまだ未熟ですが、努力あるのみです。根石さ んもお忙しいと思いますがどうぞご自愛なさってください。


福岡Mさん  投稿者:根石吉久  投稿日:2008年10月 4日(土)02時23分38秒       通報  編集済
       お久しぶりですね。
 「からっぽ」には二種類あり、ひとまず「からっぽ」でいい「意味・文法」と、日本で机上で練習するかぎり、どこまで行っても「からっぽ」のままでいい 「当事者性」とがあります。
 意味・文法は「ひとまず」からっぽのまま「音づくり」をやってもいいが、いずれは音と合体させなければいけないものです。この合体は語学の地平でできま す。
 当事者性というものが「からっぽ」であることは、語学の本質であり、語学をやる限り、本質に逆らってもしょうがないと思います。「当事者性」は、語学の 外側で、「磁場」で備わる(強制される)ものだと考えています。ですから、語学は「磁場」に渡れるだけの準備を整えることができれば、すべての義理は果た せているわけだと思います。「磁場」で(だけ)備わるものを、語学で備えようとするのは迷妄だと思っています。これまで、私が出会った(いわゆる)「ぺら ぺら信仰」の信者の方々には、例外なくこの認識が欠けていました。

「何かの音声のコピーのような印象」というようなことを言った記憶は確かにあります。つまり、あんまり一生懸命に複製音声をそっくりコピーしようとしない 方がいいんだという考えが私にあるから言ったことだと思います。
どの人のしゃべりにも個に閉じられた癖があります。あんまり一生懸命そっくりコピーしようとすると、個人の癖までコピーしてしまうだろうと思います。夫婦 は似てくるという具合に、似るのは自然ですが、複製音声に自分の音を似せるのは、私にはいつまでたっても抵抗があって、複製音声はいつも消極的に使ってい ます。積極的に使おうという気がありません。
 音のベースは、自分の声での読み込みで作ればいいと考えています。ベースを作っておいてから、複製音声を聞けば、感覚でその隙間が了解できます。百姓仕 事などやっているときに、なぜだか不意に口をついて「真似」が出てきて、隙間が埋まるっていうようなことがあり、調子っぱずれに歌っていた歌が、急に音程 がまともになるみたいな感じの時があります。真っ正直に真似=コピーをやる気にはどうしてもなれなくて、調子っぱずれや音程のずれを経た後に、コピーが 放っておいても成立した、っていう事情が好きなのです。
 これは二度手間ですが、こと、声に関しては、感情や思考の質と直結してしまう領域なので、「真似」や「コピー」には二度手間で臨むのだと決めています。

 これは、ネイティヴの音声は、素直に真似=コピーすべきものではなく、自分なりの自分の癖でベースを作ってから、「媒介」にすべきものだと考えているか らでしょうか。お手本として仰ぎ見るものではなく、あくまでも「媒介」にすべきブツだと考えています。

 「音」を大事にする授業を継続していただくことを切に願っております。
 福岡Mさんの場合は、私はレッスンしていて、あまりにも直すところが少なくて困った覚えがあります。スカイプを導入されて、私がスカイプで初心者にレッ スンするのを参観していただけば、ああ、こうやって音を直すのかと得心していただけるところがあるのではないかと思います。
 ちょっと忘れてしまったのですが、Mさんは、中学ではなく高校の先生だったのでしたっけ? 音に関しては、私がMさんにレッスンできることはもうほとん どないので、音をどう(授業で)扱うかを学んでいただく方がいいと思います。
 スカイプ導入をどうぞご検討下さい。
 参加(参観)していただくのは、Mさんにレッスンするわけではありませんから、お金はいただきません。間接的にでも結構ですので、素読舎を応援していた だければと思います。



福岡Mさん  投稿者:根石吉久  投稿日:2008年10月 4日(土)02時51分12秒       通報
      言い忘れました。
私の「音」という語には、抑揚も含まれています。



音読時の注意点  投稿者:パクパク  投稿日:2008年11月16日(日)08時45分38秒       通報
      音読時の注意点

 1)発音とリズムの矯正はしたほうがいいのか?

 2)意味のわからない英文と、意味のわかる英文のどちらを音読すべきか?

 3)英語に頻発する冠詞(a,the)を、どのようなイメージで音読したらよいのか?



 以上を注意すると、ただひたすら音読するように、効果が得られるとおもいますが、

 皆様方のご意見をおまちしています。



 映画「奇跡の人」は、言語取得プロセスのドラマとしても
 みることができるとおもいます。

 圧倒的な不利な生徒(3重苦)に、言語を教えることができたわけですから。

 どうやって?

 非常にこういう疑問をもちながら、映画をみると、音読時の注意点がわかってくると

 おもいます。     



修正  投稿者:パクパク  投稿日:2008年11月16日(日)08時51分42秒       通報
      以上を注意すると、ただひたすら音読するように==>

修正後
以上を注意すると、ただひたすら音読するより



根石さん  投稿者:らくだ  投稿日:2008年11月16日(日)20時02分1秒       通報
      國弘さんの本を再読してみようと思っています。

とりあえず『國弘流 英語の話し方』たちばな出版(平成11年初版の新版)をパラパラとめくってみたところ、以下のくだりがありました。

「 私の中学時代は何しろ戦争中でした。テープなんてものは当然ございません。教室での先生の朗読だけが、唯一のお手本だったのです。戦争が終わって、神 戸に進駐軍があふれるようになると、事情は一変しました。私は同じ中学のリーダーを二冊もち、若い兵士をつかまえては、その一冊を渡して朗読を頼み、また 自分でも読み、意見を求めたものです。
 区切りやイントネーションなどを教科書に書き込んだのは、言うまでもありません。ときには、五人、六人の兵士が順番にテキストを回して、私一人のために リーダーを朗読してくれました。私は耳だけでなく、目も動員して、英語を朗読する彼らの口元を、まるで子供が昆虫の生態を観察するように見つめました。英 国兵と米国兵ではもちろん音は違いますが、同じ米国兵といっても、その出身地によって、発音が微妙に異なるのです。今、振り返ってみれば、かなり贅沢な個 人教授をまったくの無料で受けたわけです。」

進駐軍の無料レッスンはあったようです。しかし、私の関心は冒頭の部分にあります。國弘さんの唯一のお手本となった英語の先生の発音がどうだったにせよ、 「國弘君、もっと唇の両端を上げて、あごを落として」などという指導がされたとは思えませんので、先生の発音を手がかりにひたすら音読を繰り返したのだろ うと推測されます。そして

>しかし、それでも、英語の音を徹底的に連続させるだけで、(ある程度の音のセンスがあれば)誰に教わらなくても自然に立ち上がってくる抑揚というものが あり、これは個々の音の音価よりもずっと大事なものですから、「只管朗読」だけでも「ぐらぐらしている確かな基礎」というものはできます。

と根石さんがおっしゃるところの「ぐらぐらしている確かな基礎」を國弘さんも手に入れられたのだと思います。この「ぐらぐらしている確かな基礎」というも のは、どの程度の実用性があるものなのでしょうか?もしそれが、中学3年間程度の英語で表現できる内容を、日本人の英語に慣れていないネイティブに話し て、なんとかコミュニケーションがとれるのであれば、それは圧倒的多数の「6年間学校で英語を習っても一言もしゃべれない」英語学習者にとって、お金をか けずに効果を上げる最善の方法ということができるのではないかと思います。

では、アルクの社員や学校の英語の先生が、「CDのネイティブの音をまねしてください」ではなく、もっとましな独習時の方法提示をするといたら、どういう 言葉になるでしょうか。それが問題だと思います。

國弘さんを批判的に継承する時、それを対面レッスンの不可欠性という方向につなげていくことが一つ、もう一つは「只管朗読」の方法を煮詰めることではない かと感じます。

パクパクさんが書き込まれたことは、そのあたりに関係すると感じました。


>音読時の注意点

 1)発音とリズムの矯正はしたほうがいいのか?

 2)意味のわからない英文と、意味のわかる英文のどちらを音読すべきか?

 3)英語に頻発する冠詞(a,the)を、どのようなイメージで音読したらよいのか?


 以上を注意すると、ただひたすら音読するように、効果が得られるとおもいますが、

 皆様方のご意見をおまちしています。


私の意見は改めて書きたいと思います。     




根石さん(狭い音のarの例)  投稿者:村田  投稿日:2008年11月21日(金)17時30分24秒       通報
      狭い音のarの例です。

sugar
beggar
scholar
calendar
binocular
articular

固有名詞は除きました。意外とたくさんありそうですね。



村田君  投稿者:根石吉久  投稿日:2008年11月21日(金)19時57分56秒       通報
      ありがとう。
プリントアウトする前に書き加えます。



放置されていた原稿?  投稿者:根石吉久  投稿日:2008年11月22日(土)00時47分22秒       通報
      5歳児用の「英語発音教本」を書いて、村田君が「アクセントのない ar」の例を辞書から探してくれたので、それを追加して、スティック状のハードディスクのファイルを書き換え、コンピュータ本体のハードディスクにコピー しようとしているうちに、以前に書いた(村田君がテープ起こししてくれた?)記事がみつかりました。

 けっこう量がありますので、今日はその最初の部分だけ投稿します。
 順次、投稿していきます。


音について(1)  投稿者:根石吉久  投稿日:2008年11月22日(土)00時55分28秒       通報  編集済
      「あいうえおフォニックス」原稿素材1  投稿者: 村田  投稿日:12月 9日(金)00時00分59秒
『放置された音』(仮称)

師「日本人が英語の勉強を始めて、英語の音を出そうとするとき、大方の人が出す音がある」
弟「はい?」
師「日本人と言っても、父親がアメリカ人とか、母親がドイツ人とか、そういう家庭もここらへんの田舎でも増えてきているけれども…。俺が言おうとしている のは、そういう、微細な「磁場」を持った人のことではなくて、日本語のみで生きてきた日本人が、英語を初心者の状態から始めて、ほぼ全員が出すだろうとい う音についてだ。」
弟「たとえばどんなものでしょうか?」
師「ひとつには、子音の後に母音が必ずついてまわるということがある。 I am a student. という文を日本人の初心者が言う場合、『アイ アム ア ステューデント』という感じになる。英語の側から聞くと、余計な母音が付く。」
弟「そうですね。」
師「これは日本語のみで育ってきた人にとっては、極めて自然な音なんだ。」
弟「子音だけの音は、日本語では出てきませんからね。」
師「日本人にとっては当たり前の音だけど、英語を学ぶ場合、いつまでもそのままでは困る。ただ、英語をめぐる業界ではこの音は単なるまがい物の音とされて きた。当然ながら学校教育も含めて。日本では、これまでずっと、ネイティヴが出す音と同じ音を出すのが正しいとされてきた。」
弟「そうですね。」
師「そして、日本人の英語初心者が出す音は、まがいものとしてずっと放置されてきた。英語ネイティヴの音に近づくことが正しいんなら、英語習得のための もっとも正しい道は、アメリカなりイギリスなりの英語圏に行って生活することになる。それしかないことになる。
 そうやって得る音と日本人の初心者が出す音の間には、連続性などどこにもない。そこには絶壁しかない。『英語を流暢にしゃべりたいなら英語圏で暮ら せ。』これが日本の英語をめぐる業界の本音だろう。それを言っちゃショウバイにならないから、誰も言わない。その一方で、大方の初心者が最初に出す音は、 放置され続けてきた。この音は、放置されてきたが、このまま放置しておいていいわけではない。」
弟「はい。」
師「日本人は、語学をやるのならば、この放置されてきた音を元にするしかないんだ。・・・・・・」
弟「どうしました?」
師「うーん…俺は、この、初心者が出す音に、『放置された音』と名づけてみたんだが…。何か他にいい名前はないか?」
弟「私はいい名前だと思いますが。」
師「まだ言い当てている感じではないんだなあ。」
弟「それにしても、これは今までの師の話には出てこなかった考え方ですね。お話を聞いていて思い出したのですが、師が以前、『盆踊り』と言っていたもの も、『放置された音』にあたりますか?」
師「ああ、それは今までの話を踏まえれば、『放置されたリズム』ということになるだろうな。」
弟「『放置された音』と『放置されたリズム』ですね。」
師「そうだな。とにかく、語学は、この自分の中の『放置された音』を元にしなければならない。なにしろ、『放置された音』は、それまで自分を育ててきたも のが集約している、いわば、自分自身でもあるわけだからな。日本人の語学の音は、そこからしか始まらないはずだ。これは、放置したら駄目だが、絶対に粗末 にすべき音ではない。
 こういった大前提となるところから話を始めてみようと思う。」     



根石さん(発音について)  投稿者:村田  投稿日:2008年11月28日(金)01時57分27秒       通報
      > 村田君と女房と私とで、週に一度、3台のコンピュータをスカイプでつないで、チョムスキーの「 Rogue States 」という論文を読んでいますが、村田君は客観的に私の音と女房の音を比較できる立場にあります。多分、「根石さんより、奥さんの方が上手だな」と言うと思 います。

以前だったら、そう言っていると思います。(「個別の音」を取り出せば、今でもそうかもしれませんけど)
ただし、リズムやイントネーション、アーティキュレーションといったトータルな見方だと、根石さんの方が断然上手(うわて)だと思います。
で、そう言っているわたしはどうかと言うと、どちらかと言えば奥さん寄りな読み方なんじゃないかと思います。



発音と聞き取り  投稿者:1ファン  投稿日:2008年12月 9日(火)15時39分51秒       通報
      突然ですが、発音と聞き取りの関係についてお教えください。

聞き取りができれば発音ができると考えます。しかし、発音ができても聞き取れないことがあります。

生徒3人とネイティブの先生のクラスでのこと。生徒の一人が[l]と[r]の発音に自信がないと言ったので、先生は教室にあった初歩レベルの英文を全員に 1パラグラフずつ読ませました。わたしは、[l]と[r]の発音に特に注意して読みました。すると"Perfect"と言われたので「ああ、区別はついて いるのか」と思って喜びました。しかし、聞いても全く区別がつきません。音の出し方はわかっていても聞き取れません。先生に、聞いたときの違いは何かと聞 いたのですが、よくわかりませんでした。わたしの場合は、読むときに[l]と[r]に注意すれば音は出せているのだと思います。

根石さんの指導で生徒さんは正しい音の出し方を獲得されていきますが、同時に聞き取りもできるようになるのでしょうか。例えば、[l]と[r]を正しく発 音される生徒さんは区別を聞き分けられるのでしょうか。

わたしが思うに、常時音が正確に出せれば聞き取りもできているのかなと・・。つまり、[l]と[r]を話すときにも常に正しく発音できている人は聞き取り もできるのかなと思うのですが。私の場合、読むときは[l]を発音するのか[r]を発音するのかはっきりわかりますので発音できても、話すときは[l]か [r]かうろ覚えのスペルだったりしますから、正しい音など出ていません。しょっちゅう出てくる単語については、話すときでも音がでているかも知れませ ん。

根石さんの生徒さんの場合は、きちんと音の出し方を指導されるので聞き取りも自然にできるようになるのでしょうか。正しい音の出し方を指導されても、個人 差があるかと思いますが、すぐに正しい音を獲得される方はまれだと思うのですが・・。正しい音が出たり、出なかったりを経て、定着していくものだと思いま す。正しい音が出たり出なかったりしている間は、聞き取りもあやふやで、正しい音が定着した時点で聞き取りもできるようになるのでしょうか。

根石さんの指導では、あるクラスで、よくできる人が[th]の音が出たり出なかったりしていました。「どうしてこの人、音が出ているときもあるのに、出な いときもあるのだろう」と思ったことがあるのですが、私の[l]と[r]もそうなのかなと思ったりしました。

くだらないことをお聞きしてすみません。いつまで経っても[l][r]その他聞き分けられない音があるので、私の耳が余程悪いのか、どういうときに聞き分 けられるようになるのかと思っています。いま、思い出しました。先生から[l]と[r]が完全に音が出ていると言われていた人に、聞き分けられるのか聞い たところ「できない」と言っていました。謙遜なのかと思ったのですが、本当ならば完全に発音できても聞き取れない?結論は発音より聞き取りのほうが難し い?     



1ファン  投稿者:訂正  投稿日:2008年12月 9日(火)15時46分17秒       通報
      先に投稿しました内容の、下から2番目のパラグラフの頭の「根石さんの指導で」というのは間違えて入ってしまいました。



1ファンさん  投稿者:根石吉久  投稿日:2008年12月 9日(火)18時07分31秒       通報  編集済
      >聞き取りができれば発音ができると考えます。しかし、発音ができても聞き取れないことがあります。

 「聞きとりができれば発音ができる」も「発音ができれば聞きとりができる」も公式化できないと考えています。
 ここのところでは、ネイティヴ言語の習得過程と、語学の過程を混同しないのが大事だと思っています。
 ネイティヴ言語習得過程では、おおまかに「聞き取りができる」が「発音ができる」につながっていきます。大きな流れとしてそうなります。
 幼児の音だけが持つあの柔らかい性質を何と名付ければいいのかわかりませんが、ひとまず「不定音=普遍音」と名付けてみます。日本語の中に生まれてきた 幼児が言葉とも言えないほどの「アー」とか「オー」とかいう音をまず出しますが、よく聞いてみれば、日本語の「ア」の音や「オ」の音とは違います。「不定 音=普遍音」は、多分どんな言語の中に生まれてきても、赤ん坊が出す音でしょう。あらゆる個別言語(英語、日本語など)「以前」の音なので、「不定音=普 遍音」と名付けるのでいいだろうと思います。「不定音」というのは、その言語の中に生まれてくれば、それがどんな言語であろうと獲得していく過程の「元に ある」音ということです。一定の個別の言語の音ではありませんから「不定」な音だと言えます。これは、別に言えば、あらゆる個別言語に向けて開かれている 音ということです。
 発音レベルとしては「不定音=普遍音」しか持たない赤ん坊でも、「聞き取り」の方では絶えず個別言語の音を聞いています。赤ん坊がいつも聞くのは、お母 さんやお父さんや家族が話しかける言葉になります。そうなんですが、音声面だけでものを言えば、日本語の中に生まれてきた赤ん坊は、日本語という個別言語 に固有の音韻体系を聞いていることになります。
 赤ん坊が幼児になると、「不定音=普遍音」と個別言語の音が混じり始めます。混じっていく期間は、普通に考えられているよりも長く、おおざっぱに小学3 年か4年くらいまで続くと考えています。この頃までの年齢の子供が、「磁場」に入るとめざましく外国語を獲得していくのは、「不定音=普遍音」の残存比率 がまだ大きい期間だからでしょう。個人差がありますが、おおざっぱに小学校入学時点で、3分の1か4分の1くらいは「不定音=普遍音」が残存している感じ があります。
 少しずつ少しずつ、個別言語の音が「不定音=普遍音」を駆逐していきます。「混じっている期間」から「個別言語による駆逐の期間」に移行します。小学校 高学年から中学卒業頃まで、この個別言語による「不定音=普遍音」駆逐が続きます。これがほぼ完了すると、人は「不定音=普遍音」を発音できなくなりま す。あるいは、発音するのが難しくなります。
 「不定音=普遍音」の駆逐が完了した年齢と、「磁場」に入って(も)、外国語習得が難しくなる年齢はほぼ一致すると考えています。
 「聞き取りができれば発音できる」というのは、見方によれば非常に長い期間を経て、人間の個体に実現していくことです。ネイティヴ言語習得において(で さえ)、個別言語音が固定されるには15年くらいかかっているわけです。

 語学の場面を見てみましょう。

 ネイティヴ言語習得の過程をながめた後では、「聞き取りができれば発音ができる」ということが私には意味がわからない言葉になります。まず、3歳の子供 について言うのと、18歳の子供について言うのとでは、まるで事態が異なります。
 3歳の子供でしたら、「聞き取りができれば発音ができる」というのは、聞き取ったものを「不定音=普遍音」と個別言語音とが(ある比率で)混ざった音で 「発音できる」ということになります。個別言語音だけで「発音できる」ではないのです。個別言語音は混じりますが、部分にとどまります。そういう「発音で きる」です。
 (日本で、大人が、小学校低学年の子供が完璧に日本語の音で発音していると思っているのは、子供の発音の中から日本語という個別言語音だけを拾い出して 聞いているからです。もし子供の発音が個別言語音だけでできていたら、子供がしゃべる言葉があんなに可愛いはずはないのです。子供のしゃべりの可愛らしさ は、音声面だけで言うなら「不定音=普遍音」の残存によるものです。)
 さて、18歳の子供(?)ならどうなるでしょうか。「聞き取りができれば発音ができる」が全然成り立たなくなります。この年齢になれば、個別言語の音韻 体系が固定されているからです。中学生でも「ほぼ」同じことが言えます。個別言語の音韻体系が「ほぼ」固定されているからです。この年齢になると、「その 音そのもの」として聞き取れる能力を失い、すでに身体に固定された個別言語の音韻に置き換えて受け取ることを避けることができません。「不定音=普遍音」 を発する子供だけが持つ能力を失っているからです。「不定音=普遍音」を持っていることこそが、ネイティヴ言語習得において、源基であると思いますが、中 学生くらいの年齢は、その源基をほぼ失った年齢です。(個別言語を獲得する過程は、「不定音=普遍音」を失う過程です。)
 ですから、例えば18歳、19歳くらいの年齢では、「聞き取りができれば発音ができる」という時の、「聞き取りができれば」がまず成立しなくなっている のです。「その音そのもの」を、自分のネイティヴ言語の音に置き換えることが自然に起こってしまいます。

 ネイティヴ言語習得過程では、おおまかに「聞き取りができる」が「発音ができる」につながっていきます。大きな流れとしてそうなります。
 異言語(外国語)習得過程では、おおまかに「発音ができる」が「聞き取りができる」につながっていきます。大きな流れとしてそうなります。

 CDを聞けば、聞き取れるようになる? 聞き取れるようになれば、発音できるようになる? とてつもなく現実を無視した迷妄です。言語に対しては、大人 は子供の能力を喪失した存在なのだということを認識しないと、こういう迷妄のうちに閉じこめられたままになります。

 l音とr音については、稿を改めます。     



根石さん  投稿者:1ファン  投稿日:2008年12月10日(水)11時15分27秒       通報
      愚問にご丁寧にお答えいただきありがとうございます。

> ここのところでは、ネイティヴ言語の習得過程と、語学の過程を混同しないのが大事だと思っています。

そうですね。わたしは語学の過程を考えていました。

 >少しずつ少しずつ、個別言語の音が「不定音=普遍音」を駆逐していきます。「混じっている期間」から「個別言語による駆逐の期間」に移行します。小学 校高学年から中学卒業頃まで、この個別言語による「不定音=普遍音」駆逐が続きます。これがほぼ完了すると、人は「不定音=普遍音」を発音できなくなりま す。あるいは、発音するのが難しくなります。
 「不定音=普遍音」の駆逐が完了した年齢と、「磁場」に入って(も)、外国語習得が難しくなる年齢はほぼ一致すると考えています。



1ファンさん  投稿者:根石吉久  投稿日:2008年12月11日(木)01時38分43秒       通報  編集済
      r音とl音

 r音とl音に関しては、面白い話があります。

 ロンドン短期滞在中に、ホテルの部屋をシェアしたアメリカ人でジェリーという友達がいます。一週間くらい同じ部屋にいてスケベ話ばかりした覚えがありま す。先日、久しぶりにメールを書いたら、生きていたのでほっとしました。
 ジェリーってやつは、ものすごおく、ゆっくりしゃべるやつです。
 私の家に3ヶ月ほど遊びに来ていた間、ものすごおおく、ゆっくりしゃべるので、ああ、これは、俺や女房が英語が下手なので、ものすごおおおく、ゆっくり 「しゃべってくれてる」んだなと思っていました。
 それから10年近くたって、ケンタッキーのジェリーのうちに遊びに行ったところが、ジェリーの、ものすごおおおおく、はうちにいた時と何の変わりもな かったです。そのことを話したら、家族の人たちが「Jerry's way」だか、「Jerry's speaking」だかいうようなことをみんなで言っていました。Jerrie's way って書くのかな? もう酔っぱらいなので、文法はご勘弁!
 ジェリーにはクリスという息子がいます。まったく売れない詩人で、その点でだけ(当時の)私と共通項がありました。クリスは自分が書いた詩を持ち出して 読めと言うのでしたが、まったく何のことやらわかりませんでした。何が書いてあるのか全然わからん、と言ったところ、その時遊びに来ていたクリスの叔母さ ん(?)が、わたしらアメリカ人にも、まったくわからんよと言いました。ああ、現代詩!

 それで何の話のついでだったか忘れましたが、「日本人にとってはrの音とlの音が難しい。日本語では、そんなもの区別されない」ということを(私が?女 房が?)、言ったところ、クリスはプライマリースクール(小学校相当)の低学年の頃、「自分もrとlが区別できなくて、放課後残されて訓練された」と言っ たのでした。

 嘘!
 アメリカ人でもrとlの区別のできない子供がいるのか!
 ほんとかよ、と思いました。

 だとすると、日本語の「らりるれろ」ってのはなんだよ?
 日本語の「らりるれろ」は、rでもlでもないけど、日本人にはrにもlにもなってしまう。ひょっとして、日本の近代が他のアジアの人々からは「成功」に 見えているのは、アメリカ人の少数の子供が迷う「らりるれろ」分岐を分岐させずにを保持したせいじゃねえか?

 日本近代らりるれろ。

 何を言ってんだか、自分でもわからなくなってしまいましたあ。
 私はもちろんそうしますが、1ファンさんにおかれましても、このていたらくは安いくせに比較的うまい Clear Asahi っていう酒のせいにしていただければ、根石吉久に幸あれ、でございます。

 英単語の綴りにおける 0 はくせ者だぞ。これは、辞書をひかねえと綴りから割り出せねえと生徒たちに言ってきましたが、rもくせものです。

 lは舌を上の歯茎に押しつければいいのですが、これもちょいと癖があり、他の音との兼ね合いで、歯茎から舌を離すときに出す時と、歯茎にくっつけっぱな しで出すときとあります。

 rはlよりタチが悪い。この音は、単語の最初にあるときは、舌の筋肉もりもりで明瞭に「タチ」ます。red, reading など、舌が喉の方にひっぱられるようなもりもり筋肉になります。
 train, transport, drug, drag など子音と連続すると、t なら t、d なら d の音が発音される口内部位の近くで発音されます。舌が喉の方にひっぱられることがなく、歯(茎)に近いあたりで「どこにも触らない」で発音されます。
 rの変化はこれにとどまりません。
 [a:r] など、母音の後では、発音してもしなくてもいいくらいな扱いです。
 サンフランシスコのあたりでは発音し、ニューヨークのあたりでは発音しないことが多いというような噂も聞いています。
 rは母音と一緒になると、とたんにへなちょこになるということです。

 ですが、rにはrの本質があり、それは、「口の中で舌がどこにも触らない」ということです。

 lとrの区別が大変というのは、それももちろんありますが、rひとつが、七変化とまではいかないにせよ、最低でも三変化するという問題とからんでいると 思います。単語の最初のrと母音がらみのrは、日本人の耳には、とうてい同じrだとは受け取れません。

 解決法は、このところずっとらくださんに向けて書いている記事が参考になると思います。
 CD音やAETの音が「媒介にできるようになるまで」、日本語の音と英語の音の「間」を埋めることだと思っています。それも、自分の口でやるだけでな く、生徒の口を使ってやることだと思います。

 精神衛生上は、r(l)は、最後に仕上がればいいくらいに思っているのが大事です。お書き下さったように「時差」を大きく肯定することです。

 コツは、「高速化」にあります。l(歯茎に舌)とr(どこにも触らない)という本質を踏み外さず、口の筋肉をいじめて、徐々に(が大事!)発音を「高速 化」することです。

 文部省(当時)のおさぼりや、文科省(現代)のお馬鹿のおかげで、私のように40代になって英語音の本質をつかみ始めたような者にとっては、コーチをや りながら、うさぎ跳びや腕立て伏せをやって基礎体力を作るようなはめになります。脳溢血後、リハビリをやってる人の気持ちがよくわかるような気がします。

 人様からお金をいただいてコーチをやっていても、rとlの「高速化」はまだ途中です。
 芋を作ったり、麦をつくったりしているので、体力不足限りなしです。

 「こうやれ」と何をどうするのかを言葉でアドバイスするのが、学校におかれましても一番生徒のためになると思います。
 音の本質さえつかんでいれば、よぼよぼのコーチでも、選手(生徒)にプレイさせることはできると考えています。     



根石さん  投稿者:1ファン  投稿日:2008年12月11日(木)11時26分21秒       通報
      l音とr音に関して興味深いお話ありがとうございました。

 > ジェリーってやつは、ものすごおく、ゆっくりしゃべるやつです。

ジェリーさんはかなりの年輩のかたですか?年輩の方でゆっくり話す人が多いような気がするので、年輩の方と話すと練習になるのじゃないかと思ったことがあ ります。

 >クリスはプライマリースクール(小学校相当)の低学年の頃、「自分もrとlが区別できなくて、放課後残されて訓練された」と言ったのでした。

「へぇー!」って感じです。日本人で日本語の音を小学校で直されるなんてことないような気がしますが。
あー、ちょっと状況が違いますが思い出しました。あるネイティブの先生も子供のころ
lとrの区別ができなかったと言っていたのを思い出しました。その先生の場合は、上顎の部分だったと思いますが、何か欠陥があって手術をし、その後は問題 なく発音できるようになったと言っていましたのでクリスさんの場合とは違うかもしれません。

 > だとすると、日本語の「らりるれろ」ってのはなんだよ?

わたしも日本語の「らりるれろ」はどっちに近いのだろうと思っていました。自分で「らりるれろ」と言ってみると、舌先が歯茎かその後ろあたりにいつも触れ ているのでlに近いのだと思っていました。今年、NHKのラジオ番組でネイティブのゲストが、日本語の「らりるれろ」はlに近い、rは日本語には全くない 音なので難しいだろうと言っていました。だとすれば、なぜ「らりるれろ」のローマ字表記をra,ri,ru,re,roとしているのかと疑問に感じていま した。la,li,lu,le,lo とするほうが誤解を招きにくいと思います。

わたしは、l音とr音の出し方がなんとなくわかるまでは「らりるれろ」はrに近いからrでローマ字表記をするのかと思っていましたから。

>日本語の「らりるれろ」は、rでもlでもないけど、日本人にはrにもlにもなってしまう。

うーん。先にも書きましたが「らりるれろ」という時、舌先が口蓋のどこかに必ずついているので、l音に近くr音ではないと思うのですが、根石さんはrにも lにもなってしまうというお考えですね。わたしは、とにかく音の区別ができないのでわかりません。

> 英単語の綴りにおける 0 はくせ者だぞ。これは、辞書をひかねえと綴りから割り出せねえと生徒たちに言ってきました

そこまでの指導が、中学生くらいまでの間に受けられるなんてうらやましい限りです。

> lは舌を上の歯茎に押しつければいいのですが、これもちょいと癖があり、他の音との兼ね合いで、歯茎から舌を離すときに出す時と、歯茎にくっつけっぱ なしで出すときとあります。

他の音との兼ね合いというのがまた難しいですね。語尾にlがあるときなど、歯茎にくっつけっぱなしということはないですか?

> rはlよりタチが悪い。この音は、単語の最初にあるときは、舌の筋肉もりもりで明瞭に「タチ」ます。red, reading など、舌が喉の方にひっぱられるようなもりもり筋肉になります。

昔、単語の最初にあるときのrの音を出すのは簡単だ。前に「う」という音を出すつもりで発音せよみたいなことを聞いたことがあります。極端に言えば、 readingは「ウリーディング」みたいな・・・

> [a:r] など、母音の後では、発音してもしなくてもいいくらいな扱いです。
サンフランシスコのあたりでは発音し、ニューヨークのあたりでは発音しないことが多いというような噂も聞いています。

そうですか、安心というか納得というか・・・。わたしは[a:r]の「r」など無視状態ですが、それでトラブルになったことがないように思うのは発音しな い人もいるからですね。

>lとrの区別が大変というのは、それももちろんありますが、rひとつが、七変化とまではいかないにせよ、最低でも三変化するという問題とからんでいると 思います。単語の最初のrと母音がらみのrは、日本人の耳には、とうてい同じrだとは受け取れません。

はー、やはり道は険しいです。

> 解決法は、このところずっとらくださんに向けて書いている記事が参考になると思います。

タフそうですが、拝見させていただきます。ありがとうございます。

> 精神衛生上は、r(l)は、最後に仕上がればいいくらいに思っているのが大事です。お書き下さったように「時差」を大きく肯定することです。

永遠にダメなのかなと思っていたのですが、めげないでやってみます。

> コツは、「高速化」にあります。l(歯茎に舌)とr(どこにも触らない)という本質を踏み外さず、口の筋肉をいじめて、徐々に(が大事!)発音を「高 速化」することです。

肝に銘じます。ヤル気満々です。

> 文部省(当時)のおさぼりや、文科省(現代)のお馬鹿のおかげで、

ゆっくり母さんだったと思いますが、ご投稿で中学2年で her を「ヘル」でしたっけ、そういう読み方をしたとか。その他ローマ字読みしているような状況を知り、仰天しました。英語を習い始めた時点で、ローマ字読みと 英語は違うという認識がないのかと思いました。昔より、お金を使っているはずなのに英語教育は後退しているのかとも思いました。

> 人様からお金をいただいてコーチをやっていても、rとlの「高速化」はまだ途中です。

そうですか。発音のきれいな人をつかまえて、[l]と[r]が聞き分けられるのか聞いてもみんな「できない」と言うので、不思議な気がしていました。

 >音の本質さえつかんでいれば、よぼよぼのコーチでも、選手(生徒)にプレイさせることはできると考えています。

ご謙遜でしょうが、まさにコーチですね。