素読の会 投稿者:matsu 投稿日:2008年12月14日(日)21時30分43秒   通報 編集済
前の記事を書きながら思いついたことを書きとめてみます。
これは、今検討されている通信教育とは別の、将来的な方向性の話になりますが。
今は、レッスン生やその父母の間で新しいネットワークが出来つつあるように思えます。
これは、私にも意外だったのですが、根石さんの考え方が、そのこわもてや、商売下手の外見?を取り去ってしまえば、かなりの訴求力、浸透性があるというこ とだろうと思います。
彼ら・彼女ら(もちろん私も含めてですが)の間で、素読という方法が充分咀嚼され、各人が使いこなせるようになった場合には、スカイプ等を通じて自主練習 の場所が設定できるようになるだろうと思います。
そういうものは、以前にもあった(ある)ようですが、Naimaさんや吉さんなど、上級者の英語の練習に限られている感じがありました。
そうではなくて、レベルも年齢も様々で、英語に限らず、他の言語や日本語やその古文の素読も含むような、素読の場所のネットワークができたらいいと思いま す。
日本語の素読であれば、学習のための子どもの素読に、親でも先生でもない大人がつきあうといったおもしろい関係が生まれそうです。
たとえば、江戸の母さんは花田清輝がお好きということですが、花田の文を素読するような場所があれば、ぜひ私も参加してみたいです。
素読舎のHPや掲示板を舞台にして、素読の募集や情報交換が頻繁に行われるようになれば、それらを利用し学ぶ見返りとして、低額の会費をとって、会員制に できたらと思います。年額3千円とか5千円であっても、会員の裾野が広がれば、根石さんにとってもある程度の経済的な支援になるだろうと思います。
根石さんの絶品エッセイが、メルマガで読める特典もあればいいですね。

電話でレッスンの初期の頃に、根石さんは、これは、教える側にとっても教えられる側にとっても、「語学」を継続するためにものであり、学校英語を転倒さ せ、語学の方法を普及させるための、一種の思想運動的なものであるというようなことをどこかに書いていたと思います。
「素読」普及、実践のための、素読の会がいずれできればいいなと、ふと考えました。


matsu さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2008年12月15日(月)07時12分45秒   通報 編集済
 素読の会、是非立ち上がって欲しいものだと思っています。
 ひとつのグループで花田を素読し、もうひとつのグループが吉本を素読し、掲示板で激論になったりすれば、吉本や花田が喧嘩した意味があります。「戦後」 が継承されることになりますから。

 matsu さん、是非、素読の会の幹事をやって下さい。

 「スカイプ」は使えます。

>日本語の素読であれば、学習のための子どもの素読に、親でも先生でもない大人がつきあうといったおもしろい関係が生まれそうです。

 そうです。先生なんかやったことはないけど、昔から好きでこの古典を何度も読んできたんだというような人が、子供達とグループになってもらい、素読の コーチをやってもらうことなどが成り立てば最高です。
 「知的グループ員ども(大学教員その他)」のものでなく、国家のプロパガンダのためのものでなく、人々(民衆)の武器として素読をつかみなおすことがい いと思います。
 素読の会の規約はひとつあり、「素読を国家に使わせない」という項目になります。

>たとえば、江戸の母さんは花田清輝がお好きということですが、花田の文を素読するような場所があれば、ぜひ私も参加してみたいです。

 双方に時間がとれるようなら、さっそく江戸の母さんとスカイプで始められたらどうですか。いいと思いますよ。

>素読舎のHPや掲示板を舞台にして、素読の募集や情報交換が頻繁に行われるようになれば、それらを利用し学ぶ見返りとして、低額の会費をとって、会員制 にできたらと思います。年額3千円とか5千円であっても、会員の裾野が広がれば、根石さんにとってもある程度の経済的な支援になるだろうと思います。

 ありがとうございます。会費というのは思いつきませんでした。500円とか1000円くらいがいいと思います。

>根石さんの絶品エッセイが、メルマガで読める特典もあればいいですね。

 インターネットが普及するまでは、同人誌などに書いていたので、その頃のものも電子データにできればいいがとは以前から考えていたのです。生活にかまけ て、まるで手をつけられません。入力のヴォランティアのようなことをしてくれる人が一人いないと実現はしないだろうと思っています。

 どうですか。素読の会、第一号分派、花田を素読する会。
 江戸の母さんが時間をとってくれれば、すぐに始められます。
 素読は最低二人いればすぐに始められるのがいいところです。


根石さん、matsuさん 第一号分派 投稿者:江戸の母 投稿日:2008年12月15日(月)11時54分13秒   通報 編集済
まだ、レッスンを受けていない状態ですのに「花田話」がでていて、びっくりするやら、嬉しいやら、私、本当にただの「ミーハー」です。花田をどこまで理解 してるんだろうか?よく花田について書いた論文とかを読むのですが、さっぱり理解できません。でも、面白いんですよ。(引用文献が豊富すぎてついていけな いこともありますが)

参考ということで、文庫をみてみましたが、講談社文庫でかなり濃厚なものを発行していたのですが、絶版のようです。こんなことなら、全部買っておけばよ かったです。柄谷センセイがまとめたものが岩波からでていますが、今朝ながめてきましたが「違う、この編集ではおもしろさが伝わない!」とナマイキにも 思ってしまいました(^^)戦時中の行動(新聞記者や芸術の会活動など)面白いな〜と思っています。書籍はいろいろとあるのですが「日本のルネッサンス 人」「アヴァンギャルド芸術」等、覚えています!

花田吉本論争(吉本花田論争でしょうか?)私は花田追悼本の記事や、「ノーチラス号反応あり」でしか、読んでいないので、根石さんのおっしゃるようせっか くの喧嘩の結果を、検討することができたら本望でごじゃります。

matsuさんは、どうして花田に興味をもったのでしょう?よかったら教えてください。

シロウト質問ですみませんが、素読というのは、ただ音読するということでしょうか?
それとも、質問事項を皆で検討するようなものなのでしょうか?

また、根石さんの原稿の入力ボランティア、少しでもよかったら私引き受けたいです。
急ぐようでしたら、無理ですが。



根石さん 投稿者:matsu 投稿日:2008年12月16日(火)01時21分36秒   通報 編集済
素読の会の幹事、お引き受けしたいところですが、今だ、素読については全くの駆け出しで、その理論も覚悟もなく、もう少し勉強、充電の期間をいただきたい ところです。

らくださんを中心に、素読舎の新展開を一生懸命考えておられる姿に刺激を受けて、素読舎にお世話になっている者として、自分なりの未来図を想像してみたわ けです。
通信教育案は、根石さんの「語学論」と「英語職人」としての技術の普及を図る意味で、中心となる電話・スカイプでレッスンとうまく連動するような、強力な 武器となるような気がします。
ただ、そこでは、どうしても根石さん一極集中型の取り組みとならざるをえません。英語職人の後継者を育てることは容易ではないようですし。

一方、根石さんの「素読論」を展開させていけば、もう少し自由で、互いに教え教えられるような関係を素読舎の周辺に作っていくことが可能でしょう。
素読者の育成は、英語職人の育成ほどには難しくはないだろうと思います。
素読舎のコアとなるレッスンや通信教育の周りに、層の厚い素読の実践の多様なネットワークが取り巻いていており、会費という形で素読舎を支える、というの があるべきイメージのような気もします。

私についていえば、地味に素読について考え、実践していこうという気持ちはあるのですが、ようやく一歩踏み出せたかどうかというくらいです。



江戸の母さん 投稿者:matsu 投稿日:2008年12月16日(火)01時44分17秒   通報
よくもわかっていないことを、もっともらしく書くのが悪いくせで、実は私にも、日本語、しかも現代文を大人同士が素読をするやり方は、よくイメージできま せん。
村田さんは、学生には、英語と同じような一文ずつの技法グラウンドを使っているようですが。
花田についても、拾い読みしているくらいで、江戸の母さんのようにほれ込んで読んでいるわけではありませんが、いつか、江戸の母さんに素読向きの花田のテ キストを選定していただいて、素読の相手をしていただけたらと思います。
ひたすら音読することで、黙読では得られないような文体の意味やリズムが感得できる、ということにでもなればいいのですが。


江戸の母さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2008年12月16日(火)02時21分7秒   通報
>参考ということで、文庫をみてみましたが、講談社文庫でかなり濃厚なものを発行していたのですが、絶版のようです。こんなことなら、全部買っておけばよ かったです。柄谷センセイがまとめたものが岩波からでていますが、今朝ながめてきましたが「違う、この編集ではおもしろさが伝わない!」とナマイキにも 思ってしまいました(^^)戦時中の行動(新聞記者や芸術の会活動など)面白いな〜と思っています。書籍はいろいろとあるのですが「日本のルネッサンス 人」「アヴァンギャルド芸術」等、覚えています!

 文庫で探すんじゃなくて、図書館へ行けばいいわけだなと思いました。
 図書館に行く時間が持てるようになりたいです。

>シロウト質問ですみませんが、素読というのは、ただ音読するということでしょうか?
それとも、質問事項を皆で検討するようなものなのでしょうか?

 目で見て頭で理解するというレベルから、文を身体のレベルに降ろしてやることだと言えばいいのですが、よけいわかりにくいでしょうか。理解が訪れるまで にタイムラグがあっていいという方法です。「身体のレベル」といっても、ほとんど口の筋肉、喉、肺の動き程度ですが。
 教材をお送りしたときにもお話しましたが、素読は「読んだものをその場で理解すること」を一切要求しない方法です。なんのこっちゃか、ちっともわから ん、という状態で読んでいていいのです。
 「ただ音読する」という場合の「ただ」が、「その場で理解を要求しない」ということなら、その言い方でもいいと思います。
 「質問事項を皆で検討する」というのがどういうことを言われているのかはわかりませんでした。

>また、根石さんの原稿の入力ボランティア、少しでもよかったら私引き受けたいです。
急ぐようでしたら、無理ですが。

 実は引っ越しして、今の家に住み始めてから7,8年たつのですが、本が片づかず、昔書いたものがどこにあるのかもわからない状態です。出てきましたら、 お願いすることになるかもしれません。全然急ぎません。入力していただけた分を、逐次この掲示板に掲載していただけば、こちらでその関係のものだけを集め ます。



matsu さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2008年12月16日(火)02時28分18秒   通報
>素読の会の幹事、お引き受けしたいところですが、今だ、素読については全くの駆け出しで、その理論も覚悟もなく、もう少し勉強、充電の期間をいただきた いところです。

 素読っていうのは、理論的に把握できてからやるんじゃなくて、やりながら理論をつかんでいけばいいんだと考えています。matsu さんが「回転読み」を英語で試されて、確か、運動記憶という言葉で言われていたことも、やってみて理論化されているのだと思います。

>実は私にも、日本語、しかも現代文を大人同士が素読をするやり方は、よくイメージできません。

 そうですね。現代文は目で見てそのまま読んでしまえるので、素読にはあまり向いていないかもしれません。目で読んだだけじゃ隔靴掻痒というようなもの が、素読の対象としてはいいのかと思います。

 まあ、そのうちに気が向いたら幹事をお願いします。



matsuさん、根石さん 投稿者:江戸の母 投稿日:2008年12月16日(火)12時54分58秒   通報
過去に読書会のようなものを、好きでよくやっていたのですが、今はその機会がなくなり、残念です。そこでは「読み合わせ」のようなタイプや、誰かが順番に レジュメを書いてきて発表したりなんてことを遊びでやってました。明治〜大正〜昭和初期の文献もあたったのですが、そういうときこそ「素読」が向いていた のかもしれません。日本語につまづきました。

>「質問事項を皆で検討する」
わかりづらくてすみません。個人が読んできて疑問に思ったことを、会合の場で話して意見を交わすというようなことなんですが、時として知識の多いものが優 位にたって独演会となることもありえますね。

花田素読は実現するかはおいておいて、matsuさん 花田の何をお読みになりましたんでしょうか?でも、花田の文章を声に出して読んだことがないので、 面白い発見があるかもしれません。ちょっとやってみようかな?


江戸の母さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2008年12月17日(水)02時01分49秒   通報
>明治〜大正〜昭和初期の文献もあたったのですが、そういうときこそ「素読」が向いていたのかもしれません。

 そうだと思います。これから、ご自分で読書会を主宰されて試してみられたらいいと思います。この掲示板で呼びかけてみられたらどうですか。


江戸の母さん 投稿者:matsu 投稿日:2008年12月18日(木)00時25分1秒   通報
花田清輝は、学生の頃「復興期の精神」をよくわからないながら、読みました。
岩波文庫の評論選(粉川哲夫さんの編集ですよね)は手ごろで、私にはおもしろかったです。

花田の有名なテーゼに、「前近代を媒介にして近代を超える」というのがありますが、前近代の「素読」を媒介にして、それを電子的な環境のもとによみがえら せるという根石さんの荒業は、思いのほか、花田の発想に近い感じがします。

媒介や中間を重んじる弁証法を思考の武器にしているところも共通しますね。

戦中期の凝縮された文体が音読には向いているような気がしますが、今日、晩年の短いエッセイ「箱の話」を声を出して読んでみました。派手さはないけれど、 イメージと思考が切り結ぶ文体はなかなかよかったです。



matsuさん、根石さん 投稿者:江戸の母 投稿日:2008年12月18日(木)05時42分49秒   通報
>岩波文庫の評論選(粉川哲夫さんの編集ですよね)
岩波文庫の編集は柄谷センセイじゃなくて、粉川さんでしたね!すみません。

>根石さんの荒業は、思いのほか、花田の発想に近い感じがします。
私も、そこにピンときました。「視聴覚文化」と「活字文化」を考える点でも共通するかなとも思いました。「近代以前の視聴覚文化から近代の活字文化がうま れた。さらに、その活字文化を止揚することによって、近代を超える視聴覚文化が生まれる」文に閉じ込められた活字をみなの口に戻し、口承文化のエッセンス を復活させる、ようなことが実践できるんじゃないか?とか、花田のいう「連歌の精神」「共同制作」これにつながるかな〜とも、感じました。

「復興期の精神」花田清輝>私も、現代文学史の教科書に載っていたのがきっかけで、今もミーハーが続いているわけですが^^ よくもまあ、花田はあれだけ の文献を読んでいますよね。映画も見てますよね〜私も理解しきれてませんけれども。おもしろいですよね文庫見つけてきました。講談社学術文庫、これも絶版 かな?線や付箋がいっぱいついているんですが今見てもおもしろいなあ。

粉川氏が書いた「吉本隆明と花田清輝」はお読みでしょうか?
二人の論争が紹介されていて、花田よりなので、おかしいぞって思う方はいるかもしれませんが、「花田のテキストは読者に対して肯定したり、否定したりする ことよりも、それを読者自身が読みかえ、生産的にのりこえることをうながす傾向にある」「花田読者には無責任な”つまみ食い”や”カフカ解釈にまさるとも おとらない勝手なレクチュールが許される」なんて書いています。レクチュールってなんやねんですが^^

花田の言葉は、断片的に覚えてて、「あ、これだ!」と思うことや、いまだに「あれはこのことだろうか」「いや、まだわからん」なんてものがたくさんありま す。読書会と違って素読が、理解する前の段階で他人の声をも手がかりとして体にインプットしていく作業でよいのだとしたら、花田本でも素読をやってもいい のかな〜なんて、思いました。こうして花田の言葉をやりとりできるだけで、とても嬉しいです。



matsuさん 投稿者:村田 投稿日:2008年12月19日(金)00時19分44秒   通報
大人の現代文素読、根石さんとやっていたことがあります。
タイトルは失念してしまったのですが、吉本隆明が学生時代にリンゴ泥棒していた話で始まる本です。
段落ごとに番号つけて、回転読みではなく、普通に音読していました。
途中で気になったところがあれば討論みたいな感じで。
でも、わたし相手だとなんか食い足りないみたいな感じだったのかな。自然消滅しました。

花田清輝の素読会、私も参加させてください。



素読を試す 投稿者:根石吉久 投稿日:2008年12月29日(月)04時57分7秒   通報 編集済
 よく眠れないため、柄谷を読んでは眠り、読んでは眠りを繰り返して、夜中の3時に目が覚めて眠れなくなりました。その状態で、考えついたことのメモを以 下に書きます。スカイプと掲示板(大風呂敷の外側に専用のもの)で、素読を試すことをやれたら面白いだろうという提言です。
 ひとまず提言だけします。主催者は、ひとまず村田君にやってもらえないかと考えています。というのは、私がイメージしている素読というものを、今のとこ ろ、多分、村田君が一番わかっているのではないかと思うからです。(私は、なるべく語学論に引き寄せて一参加者と参加したいと思います。)江戸の母さん や、ゆっくり母さんが、補助・協力してくださればできると思います。

 おかしな批評言語の相手をして疲れ果てたということが契機になっています。
 スカイプと掲示板を使った素読が立ち上がったらおもしろいだろうと考えています。

・批評言語獲得のため(「批評」という語をなるべく広義でとらえる)
・多型的であること
・リニアな体系を作らないこと
・テキスト持ち寄り
・テキスト電子化(数行から十数行)
・テキストデータベース化
・データベースから各自取捨。 → テキスト自作
・「素読」と「おしゃべり・談話」はスカイプで。
・自分の都合のいい時間でのおしゃべりは掲示板で。



根石さん 投稿者:村田 投稿日:2008年12月30日(火)00時20分18秒   通報
スカイプで素読、やってみましょう!
面白そうです。
わたしにとっては、日本語を書くための訓練になるかと思います。

> ・批評言語獲得のため(「批評」という語をなるべく広義でとらえる)
> ・多型的であること
> ・リニアな体系を作らないこと
> ・テキスト持ち寄り
> ・テキスト電子化(数行から十数行)
> ・テキストデータベース化
> ・データベースから各自取捨。 → テキスト自作
> ・「素読」と「おしゃべり・談話」はスカイプで。
> ・自分の都合のいい時間でのおしゃべりは掲示板で。

「リニアな体系を作らないこと」っていうのがよくわからないけれど、テキストの作り方から察すると、ある一つの思想にとらわれずに、いろいろなテーマを網 羅するっていうことでしょうか。

参加メンバーがそれぞれ面白いと感じた文章を、専用掲示板に抜き書きして、それをもとに素読テキストを作っていく。
テキストをスカイプで各自が素読する時、「それまでに読んだ部分の復習」「新しい部分」という形で繰り返し読んでいく。
素読をしながら、気付いたこと・考えたことを言うのもありだが、基本は読むこと優先。おしゃべりの時間は別に作る。
気づいたこと・考えたことを専用掲示板に書いていく。

こんな感じで進めることを想像しました。
遠く離れた人同士が同テキストを素読して話すって、なんか面白そうです。

年末年始はおそらくほとんど作業できないと思います。実際の作業は1月の第2週あたりからになると思います。



村田君 投稿者:根石吉久 投稿日:2008年12月30日(火)03時05分11秒   通報
>スカイプで素読、やってみましょう!

 木曜に家へ来てもらうのを(基本的には)なしにして、スカイプで全部の作業(「素読普及作業」「ごみ問題関係の作業」「塾のチラシ作りの作業」)を、や れないもんかと考えています。

 最近、「大風呂敷」の teacup の動きがまともなので、ひとまず引っ越しは考えないでおきましょう。
 避難所として作ってもらった掲示板が、「スカイプで素読」のメンバーが使う掲示板に使えるでしょう。

>「リニアな体系を作らないこと」っていうのがよくわからないけれど、テキストの作り方から察すると、ある一つの思想にとらわれずに、いろいろなテーマを 網羅するっていうことでしょうか。

 素読的な方法ってのは、イデオロギーの注入に使われた場合は強力です。教育勅語を学校の生徒に覚えさせるときなどに使われたと聞いています。「リニアな 体系を作らない」っていうことと、「多型的」っていうことで同じことを言ったつもりです。村田君の理解でOKです。

>参加メンバーがそれぞれ面白いと感じた文章を、専用掲示板に抜き書きして、それをもとに素読テキストを作っていく。
テキストをスカイプで各自が素読する時、「それまでに読んだ部分の復習」「新しい部分」という形で繰り返し読んでいく。
素読をしながら、気付いたこと・考えたことを言うのもありだが、基本は読むこと優先。おしゃべりの時間は別に作る。
気づいたこと・考えたことを専用掲示板に書いていく。
こんな感じで進めることを想像しました。

 そんな感じです。
 江戸の母さんが花田の著書から好きなところを抜粋してくれたりすれば、すぐに稼働し始めると思います。
 ゆっくり母さんが、ひとまず『ミスエデュケーション』(デイヴィッド・エルキンド)にあたって同様にしていただけることも望んでいます。
 村田君は、大風呂敷の過去ログから抜粋して、「語学論データベース」のデータを作っていく作業と兼ねることもできると思います。私は、基本的にはオブ ザーバーとして参加させて下さい。春になって百姓仕事が始まったり、教材づくりが逼迫していたりすると、参加できない日もあるかと思いますので。

>年末年始はおそらくほとんど作業できないと思います。実際の作業は1月の第2週あたりからになると思います。

 こちらはインドから帰った頃からになると思います。
 インドにいる間も、ネットカフェがみつかったら、「大風呂敷」を読むつもりでいますので、大風呂敷で皆さんと相談してみて下さい。
》記事一覧表示





素読 投稿者:ゆっくり母 投稿日:2008年12月30日(火)08時39分52秒   通報
先生おはようございます。
みなさんおはようございます。←小学生みたい。

根石さん、昨日もレッスンありがとうございました☆
今年は思い切ってレッスンを始めることが出来、嬉しい年になりました。感謝です。

江戸の母さんと子供たちが眠ったあと、スカイプでおしゃべりしました。
素読の話も出ました。
私は皆さんと違って教養がないのですが、理解を求められない素読なら出来るかなぁ、なんて話をしていました。
『ミスエデュケーション』でもいいんですか?どのくらいの長さを抜粋刷ればよろしいですか?また教えてください。

根石さんのお孫さんの「真空跳び膝蹴り」の話、わかります!
猫と孫は危険ですね〜〜〜!
根石さんの書き込みを読んで、町田康の『猫にかまけて』を思い出し、
昨日の夜は寝る前に子供たちに読みました。猫たちの得意技に恐々とする町田さんです。

なにとぞお気をつけてお暮らしくださいませ。

それではみなさん、良い年の瀬を♪



根石さん、村田さん 投稿者:江戸の母 投稿日:2008年12月31日(水)03時14分6秒   通報
メール転送していただきました。ありがとうございます。お手数おかけしました!

素読>
>素読的な方法ってのは、イデオロギーの注入に使われた場合は強力です

「洗脳」に近いってことなんでしょうか?
昨日、ゆっくり母さんとも「リニア」ってなんでしょうね?
って、話していたんですけど、もうすこし説明していただいてもよいでしょうか?

花田の文章は、今でも少しづつ覚えていることが多いので、引用は可能だと思います。
本にも付箋とかついているので、参加できますヨ
ただ、前にも書きましたが「公立保育園民営化」対応の作業があるので反応が遅いかもしれません。ご了承ください。でも、楽しみです。民営化対応の課題にも 繋がるものがあると期待しています。よろしくお願いします。

根石さん

>細菌やウイルスは、化学物質を媒介にして、別種として生まれ変わることが比較的簡単に起こるのではないかと想像しています。

なるほど。そうかもしれませんね。自然界に存在しない物質を人間が作り上げている限り、この連鎖は続くのかもしれませんね。検討違いかもしれませんが宮崎 駿の『ナウシカ』を読みたくなりました。

「間抜け」合戦では私も負けません。エントリーします^^
インド旅行 私としては今年のテロの余韻も覚めやりませんが、どぞみなさん
お気をつけて。良いお年を。


ゆっくり母さん 江戸の母さん みなさん 投稿者:村田 投稿日:2008年12月31日(水)23時02分59秒   通報
ゆっくり母さん
>『ミスエデュケーション』でもいいんですか?どのくらいの長さを抜粋刷ればよろしいですか?また教えてください。
タイトルが興味をひきますね。引用する部分は、おもしろいと思った1行でもいいし、段落でもいいです。でも数ページにわたるよう引用だと、ちょっと長すぎ ると思います。順番に同じものを読んでいくので。
引用の仕方等は、年が明けたらおいおい決めていきましょう。
よろしくお願いします。

江戸の母さん
「リニアな体系を作らない」について。
私の理解ですが、ひとつには「〜主義」にはしない、ではないかと思いました。
だから思いもよらない本からの引用がありうる。
また、教育勅語の暗唱などは素読をリニアな体系に組み込まれた姿であると言えるのではないかと思います。
決して国家権力に取り込まれない形の素読のモデルの提案ではないかと。
もう酒が入っているので、ぐだぐだですが、リニアな体系についてはそういうふうに考えました。

最後に、みなさん、よいお年を!
》記事一覧表示



村田君 投稿者:根石吉久 投稿日:2009年 1月 4日(日)23時57分57秒   通報
>また、教育勅語の暗唱などは素読をリニアな体系に組み込まれた姿であると言えるのではないかと思います。
決して国家権力に取り込まれない形の素読のモデルの提案ではないかと。

 「素読を」を「素読が」に直せば、この理解でいいと思います。




村田君 投稿者:根石吉久 投稿日:2009年 1月 5日(月)00時01分0秒   通報
>おもしろいと思った1行でもいいし、段落でもいいです。でも数ページにわたるよう引用だと、ちょっと長すぎると思います。

 一行だと、ことわざみたいになるので、数行から十数行がいいと思います。
 語学論用のデータベースの記事一つ分が参考になると思います。




江戸の母さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2009年 1月 5日(月)00時21分59秒   通報 編集済
>「洗脳」に近いってことなんでしょうか?

 そうです。

>昨日、ゆっくり母さんとも「リニア」ってなんでしょうね?
って、話していたんですけど、もうすこし説明していただいてもよいでしょうか?

 リニアってのは、「直線的な」っていう風に訳すことが多いと思いますが、日本語で「直線的な」と言えばわかりやすくなるかというとどうもそうではないの が困るところです。
 「万世一系」だの「大東亜共栄圏」だのというイデオロギーを子供に注入するのに素読が使われた場合、それを「直線的な」と言ってみたところでどうにも通 じない。しかし、これらのイデオロギーの注入には、その元に「だまし」があります。若者が喜んで死ぬ心的状態を作るための「だまし」があります。権力はな んとでも言います。要するに「だまし」が成功すればいいだけのことです。そのことだけをねらっていたと思います。「そのことだけをねらっていた」というこ とにおいて「直線的」なのですが、単に「直線的な」と言ってもほとんどまるで通じないだろうと思い、「リニアな」と言い、異和を提示しました。

 スカイプと掲示板でやる素読の会は、「多元的」でやりたい。
 ひとりひとりの自分の関心にじかに響くものを素読の材料にすればいい。
 例えば、江戸の母さんが花田の書いたものの中から好きなものを電子データ化した場合、それは花田が書いた文そのものであると同時に、江戸の母さんの関心 に響いた文でもあるわけです。どこをどう切り抜くかに江戸の母さんの関心が現れるだろうと思います。他の人が同じことをやれば、まったく違う著者のテキス トをまったく違う角度から切り抜くことが生じると思います。
 そうして形成される素読材料のテキストに含まれるものは、当初個々ばらばらのままです。しかし、他の人が切り抜いたものに自分の関心が強く反応を起こす ということはありうることでしょう。そこから何か一つが始まると思っています。





リニア 投稿者:江戸の母 投稿日:2009年 1月 5日(月)16時10分50秒   通報
根石さん
リニアの説明ありがとうございます。「直線的」という言葉をもらって、イメージがわきました。

>例えば、江戸の母さんが花田の書いたものの中から好きなものを電子データ化した場合、それは花田が書いた文そのものであると同時に、江戸の母さんの関心 に響いた文でもあるわけです。

なんとなく「コラージュ」の作り方にも、似てるのかなと思いました。楽しみです。

小学校に英語教育は必要ないという論点の「岩波ブックレット」(タイトル忘れました!)
茂木弘道「文科省が英語を壊す」(中公新書ラクレ)を熟読中です。とりいそぎ




根石さん(スカイプ素読会について) 投稿者:村田 投稿日:2009年 1月 6日(火)16時21分28秒   通報
>「素読を」を「素読が」に直せば、この理解でいいと思います。
了解です。ありがとうございました。

>一行だと、ことわざみたいになるので、数行から十数行がいいと思います。
そうですね。語学論データベースを切り貼りします。

インド行き、出発前から難儀ですね。
でもこのメールのやりとり、おもしろいです。(スイマセン)

Yes Sirホテル、変わった名前ですね。



「スカイプで素読」用データ 投稿者:根石吉久 投稿日:2009年 1月 7日(水)00時49分10秒   通報 編集済
1------------------------------------------------------
ニーチェ,「哲学者の本」,「マルクスその可能性の中心」(柄谷行人・講談社学術文庫 900710第一刷)からの孫引き,p.20,090107,根石吉久

すべての概念は、等しからざるものを等置することによって、発生するのである。一枚の木の葉が他の一枚に全く等しいということが決してないのが確実である ように、木の葉という概念が、木の葉の個性的な差異性を任意に脱落させ、種々の相違点を忘却することによって形成されたものであることは、確実なのであっ て、このようにして今やその概念は、現実のさまざまな木の葉のほかに自然のうちには「木の葉」そのものとでも言い得るような何かが存在するかのような観念 を呼びおこすのである。つまり、あらゆる現実の木の葉がそれによって織りなされ、描かれ、コンパスで測られ、彩られ、ちぢらされ、彩色されたでもあろうよ うな、何かある原形というものが存在するかのような観念を与えるのである。(「哲学者の本」)
------------------------------------------------------





「スカイプで素読」参加検討中の皆様 投稿者:根石吉久 投稿日:2009年 1月 7日(水)02時01分41秒   通報 編集済
 ひとまずデータの例を提示してみました。
 柄谷行人の本からの孫引きです。

1------------------------------------------------------
の 1 はデータ番号です。「語学論用データベース」と同じように、全角の算用数字を採用しています。波線の長さは適当です。
 引用は「順不同」(同じ本の後半から引用した後、前半から引用するなど)で構わないと思います。引用者が複数ですから、「雑多」というのもこのデータ ベースの性質になるでしょう。

ニーチェ,「哲学者の本」
というのが元の本ですが、翻訳者の名前は明記されていませんので書いてありません。翻訳者の名前があれば、それも併記したほうがよい。

(柄谷行人・講談社学術文庫 900710第一刷)
の 900710 は1990年7月10日の意味です。西暦の後半二桁、月日については、一桁のものにはゼロをつける(7 → 07)。文庫本だと初版・第一刷にあまり意味はなくなりますが、それでも書いておいた方がいい。
 西暦の後半二桁については後で問題が生じるかもしれません。( 45 が 1945 なのか 2045 なのかわからなくなる等)。どうしても調べたい人は、著者の生きていた年代を調べれば、100年の差ははっきりすると思います。私の死後に生じるような問 題ですので、老婆心が強すぎるかもしれません。そもそもデータベースが育つかどうかも未知数ですし・・・)

 元の本からの引用なのか、孫引きなのかも明記する。今回は、
 「からの孫引き」
 としました。

 p.20
 は講談社学術文庫のページ。引用は20ページから21ページにわたっていますが、引用が始まるページだけ明記。

 090107
 は、引用を行った日付。

 各項目は、半角カンマで区切ってあります。これは、将来、本格的なデータベース構造を与えるときに役に立つでしょう。(comma separated 形式)
 ひとまずは波線でデータ一個と別の一個を区切る程度の、単純なテキストファイルでいいと思います。私の使っているエディタ(WZエディタ)は、編集可能 領域が「無限大」ですので、データが大きくなったら、私がつないで一つのテキストファイルとして育てることはできます。(今時は、どんなワープロやエディ タでもそれは可能なのかもしれません・・・)

 今回の引用では、「差異性」「原形」という語に傍点がふってありますが、この掲示板での表記が無理そうなので、傍点は無視しました。(今回の引用におけ る傍点は柄谷が自分の論述に都合がいいように勝手につけたものらしく思われます。)

 あ、そうだ、引用した人の名前も書いておいた方がいいか。これは、普段この掲示板で使っている名前(江戸の母、ゆっくり母等)でいいと思います。
 この後、さっき提示した例を編集して、私の名前を追記します。

 本文の引用になるべく間違いがないようにすることの他、引用に関する以上のようなデータを併記しておくと、この本面白そうだから読んでみるかとアタリを つけた人が、本を探すのに役に立てることがあると思います。(今回の引用では、柄谷の論述からはまったく切り離して読めるように引用してありますので、 ニーチェの「哲学者の本」を探す人が出るかもしれません。私はまだこの本を見たことがありません。)

 最初のうちは、comma separated 形式を整えるに際して、村田君から各種注文が出るでしょう。村田君は遠慮せずにやっておいた方がいい。もしかしたら、面白いデータベースができてくるかも しれないので。

 →村田君
 今回の引用が、データベースの最初の項目として使えるようならそのまま使ってもらって構いません。comma separated の部分について、追加すべき項目などあったら言って下さい。

 引用の本文中に出てくる語をコンピュータで検索することは簡単にできますが、その他にも検索語として使える語を追記できるようになっていると具合がいい と思います。今回の引用では、「概念の形成」というようなものがそれにあたります。考えてみてくれませんか。





江戸の母さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2009年 1月 7日(水)02時31分8秒   通報
>茂木弘道「文科省が英語を壊す」(中公新書ラクレ)を熟読中です。とりいそぎ

 これは他の人にも読ませたいというところがあったら、引用してこの掲示板に掲載していただくことをお願いします。
 「語学論用データベース」の一データとして使わせていただくかもしれません。




英語嫌い人さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2009年 1月 7日(水)02時51分27秒   通報
おたくのコンピュータにスカイプを導入できませんでしょうか。
「スカイプで素読」あるいは「スカイプ素読会」にご参加下さい。
正式名称は今後決定します。


Naima さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2009年 1月 7日(水)02時53分43秒   通報
年賀状ありがとうございました。私、まだ一枚も書いていません。明日以降に書きますのでお許しの程。

Naima さんも素読の会にご参加願えませんか。



江戸の母さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2009年 1月 7日(水)03時03分26秒   通報
>「公立保育園民営化」対応の作業があるので反応が遅いかもしれません。

 素読用データベースには、「公立保育園民営化」対応で読んだ本から引用していただくのでもいいんです。雑多が基本です。





植民地英語 投稿者:江戸の母 投稿日:2009年 1月 7日(水)03時39分57秒   通報 編集済
>茂木弘道「文科省が英語を壊す」(中公新書ラクレ)

を、読み進めています。面白いですね。「われわれは奴隷ではない。」の一文で、はっとしました。
大学受験英語を否定していたのですが、文法を詰め込んできたのも無駄ではないというのも新鮮でした。読めば読むほど、小学校での英語教育は、不要と感じま す。
小学校の柔軟な子どもの頭にへんなものが詰め込まれていないか?大切な学びの時間をもっとやるべき教育に費やすべきじゃないか?悶々としています。
これをネタに気軽に直接、話ができる同志を見つけたいです。

>「公立保育園民営化」
これにあったって読んだ本は多いのですが、講演会の引用
つまり”誰かがどこかでしゃべった言葉が文章になっているもの”でもよいのでしょうか?




江戸の母さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2009年 1月 7日(水)04時47分22秒   通報
>つまり”誰かがどこかでしゃべった言葉が文章になっているもの”でもよいのでしょうか?

 まるで構わないと思います。数行から十数行(数十行ではない)という分量で切り抜くことができ、講演者の名前、講演のタイトル、主催者、年月日などわか るものは明示していただくといいと思います。





スカイプ素読用データ 投稿者:根石吉久 投稿日:2009年 1月 7日(水)05時00分37秒   通報
2------------------------------------------------------
マルクス,「資本論」(第一版序文),「マルクスその可能性の中心」(柄谷行人・講談社学術文庫 900710第一刷)からの孫引き,p.22,090107,根石吉久

 価値形態、その完成した姿である貨幣形態は、はなはだ無内容かつ単純である。にもかかわらず人間の頭脳は、二千年以上も前からこれを解明しようとつとめ てはたさず、しかも他方、これよりはるかに内容ゆたかで複雑な形態の分析には、少なくともほぼ成功している。なぜだろう? 成体は、体細胞よりも研究しや すいからである。しかも、経済的形態の分析においては、顕微鏡も、化学試薬も、役にたたない。抽象力が、両者にとってかわらねばならない。そしてブルジョ ア社会にとっては、労働生産物の商品形態ないし商品の価値形態が、経済の細胞形態なのである。素養のない人にとっては、これの分析は、いたずらに細かいせ んさくをやっているようにみえる。じっさい、このばあい、細かいせんさくが肝要なのだが、しかし、これは、顕微鏡的解剖でそういう細かいせんさくが肝要な のと異なるところはない。




スカイプ素読用データ 投稿者:根石吉久 投稿日:2009年 1月 7日(水)05時12分57秒   通報
3------------------------------------------------------
小林秀雄,「様々なる意匠」,「マルクスその可能性の中心」(柄谷行人・講談社学術文庫 900710第一刷)からの孫引き,p.27,090107,根石吉久

 商品は世を支配するとマルクス主義者は語る。だが、このマルクス主義が一意匠として人間の脳中を横行する時、それは立派な商品である。そして、この変貌 は、人に商品は世を支配するといふ平凡な事実を忘れさせる力をもつものなのである。





根石さん、なっ、なんでしょう? 投稿者:英語嫌い人 投稿日:2009年 1月 7日(水)21時04分59秒   通報
>おたくのコンピュータにスカイプを導入できませんでしょうか。
>「スカイプで素読」あるいは「スカイプ素読会」にご参加下さい。
>正式名称は今後決定します。

わたしは、名のとおり英語はできませんし、嫌いなのです。
スカイプというのも、何だかわかりません。
緊張します。
わたしは、何を求められているのでしょうか。




スカイプ素読データ案その(1) 投稿者:村田 投稿日:2009年 1月 7日(水)23時49分12秒   通報 編集済
4------------------------------------------------------
永井均, 「ルサンチマンの哲学」(永井均・河出書房新社, 1997.05.23第1刷)p.16, , 2009.01.07, 村田晴彦, 道徳・民主主義

 狐と葡萄の寓話でいうとこうなります。狐は葡萄に手が届かなかったわけですが、このとき、狐が葡萄をどんなに恨んだとしても、ニーチェ的な意味でのルサ ンチマンとは関係ありません。ここまでは当然のことなのですが、重要なことは「あれは酸っぱい葡萄だったのだ」と自分に言い聞かせて自分をごまかしたとし ても、それでもまだニーチェ的な意味でのルサンチマンとは言えない、ということです。狐の中に「甘いものを食べない生き方こそが{よい}生き方だ」と言っ た、自己を正当化するための転倒した価値意識が生まれた時、狐ははじめて、ニーチェが問題にする意味でルサンチマンに陥ったといえます。



スカイプ素読データ案その(2) 投稿者:村田 投稿日:2009年 1月 7日(水)23時56分49秒   通報 編集済
根石さんの案をもとにしたテンプレート案(===はテンプレートには含まれません)

============================
全角番号------------------------------------------------------
引用されている文章の著者, 引用されている文章の書籍名(著者・出版社 発行年月日 第○刷)引用ページ, (あれば)孫引きの出典, 引用年月日, 引用者, キーワード1・キーワード2

============================
*1:年月日は西暦4桁、月・日は各2桁づつがよくはないか。もしかしたら1800年代のものを引用する場合もあるかもしれません。例) 1865.08.09
*2:傍点がある場合は、傍点がふってある部分を{}(半角)で括るのはどうでしょうか。普通は文章中にあまり出てこない記号だと思います。
*3:キーワード(引用文中には出てこないけれども検索の際には必要な言葉)は、全角中黒でわかち書き
 (普通は半角カンマで羅列する場合が多いと思いますが、すでに半角カンマが使用されているため)
*4:該当する部分がない場合、半角カンマと半角カンマの間に半角スペース
  データ案(1)の場合、孫引きではないので、孫引きの部分が半角カンマの間に半角スペースが入っています。

参加を検討されている方、ご意見をお寄せください。
江戸の母さん、csvで論文のデータ入力はどんな感じでしょうか。

根石さんが入力してくださったデータは、テンプレートが確定した時に、私がフォーマットし直して加えさせてもらいます。
》記事一覧表示



素読データ 投稿者:村田 投稿日:2009年 1月 8日(木)00時33分42秒   通報 編集済
5------------------------------------------------------
永井均, 「ルサンチマンの哲学」(永井均・河出書房新社, 1997.05.23第1刷)p.18, , 2009.01.07, 村田晴彦,

 言ってみれば、前人未踏の偉業を為しつつある人が誇大妄想に陥って発した言葉とか、その重圧に耐えきれずに苦し紛れに飛ばした大ぼらとか、自分にはっぱ をかけるための大言壮語のたぐいが、世の中でかつぎまわられていて、しかも適当に都合よく割引して人生訓にされている。『PHP』や『ビッグ・トゥモロ ウ』みたいなニーチェが蔓延しています。実をいえば、ほとんどすべてのニーチェ担ぎにこの傾向があって、しかも自分の個人的なルサンチマンの傷を、ニー チェのロマンチックで威勢のいい言葉で慰めるという傾向が広く認められます。


素読用データ 投稿者:村田 投稿日:2009年 1月 8日(木)01時09分42秒   通報
6------------------------------------------------------
永井均, 「ルサンチマンの哲学」(永井均・河出書房新社, 1997.05.23第1刷)p.36, , 2009.01.07, 村田晴彦,

 単純にいえばこうです。かつて、ぎりぎりの事情の下で、手向かいできないほど強い悪い奴を「可哀そう」と思い、同情し愛することによって勝利をおさめる という高度な技法が発明された。今ではその出来上がった技法を利用して、本当は自分のほうが強大で、それゆえすでに勝利をおさめているにもかかわらず、さ らにそのうえ可哀そうに思い、同情し愛することによって、もう一度勝ってしまう、ということができるようになった。さっきのいじめられっ子の例なんかも、 ほかにどうしようもない、ぎりぎりの場合ですが、まさにそれと形式上まったく同じ技法が、全然ぎりぎりでも何でもないときに、ずる賢く利用できるように なったのです。


スカイプで素読 投稿者:江戸の母 投稿日:2009年 1月 8日(木)16時05分18秒   通報
英語嫌い人さん
こんにちは。私もパソコンで通話ができるなんて、想像だにしませんでした!が、
やってみると”新世界”に一歩踏み出した感じで楽しいです。是非、設定に挑戦してみてください〜

村田さん
ちなみに私は論文は書けませんけどね。私は委託会社が作った入力画面と、同社が作ってくれた情報をダウンロードしたデータを見たり触ったりしています。入 力画面(って「インターフェイス」という呼称でよいでしょうか?)があると、素読データを入力する際にわかりやすいですね。贅沢言ってすみません(汗)

シゴトでは、入力された原稿をダウンロードするとcsv形式になって受け取るんですが、エクセルみたいにセルで区切られてます。
文字装飾が他ソフトで読んだ時も文字化けしないという利点があるので、csv形式にしてるようですが、「素読用」原稿にそこまで必要ないので、あまり参考 になりませんね。
引用者が「,」をいれて、きちんと入力すれば、村田さんの変換の手間がかからなくなることと思います。(って、おおぼけな私が一番迷惑をかけそうです)役 に立たない返事ですみません。


I村さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2009年 1月 9日(金)04時39分16秒   通報
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い致します。

お休みの件、承知しました。
旅行でいただく「有給休暇」の件、よろしくお願い致します。

そうだ、
I村さんも、スカイプ素読会ってのに参加なさいませんか。



村田君 投稿者:根石吉久 投稿日:2009年 1月 9日(金)04時45分16秒   通報 編集済
>『PHP』や『ビッグ・トゥモロウ』みたいなニーチェ

 これはいい。
 柄谷の本からニーチェを孫引きしようと思ってパソコンを立ち上げたら、この引用に出会いました。私が孫引きするニーチェは良質のものだと思います。



村田君 投稿者:根石吉久 投稿日:2009年 1月 9日(金)05時04分23秒   通報 編集済
>全角番号------------------------------------------------------
引用されている文章の著者, 引用されている文章の書籍名(著者・出版社 発行年月日 第○刷)引用ページ, (あれば)孫引きの出典, 引用年月日, 引用者, キーワード1・キーワード2

<引用されている文章の書籍名>という言い方は非常に不明瞭です。柄谷の本から小林秀雄の文章を孫引きした場合、その<文章の書籍名>に、柄谷の本の名前 を入れるのか、小林の本の名前を入れるのかがわからない人が出てくると思います。<引用に使用している書籍名>の方がいいんじゃないだろうか。

>*1:年月日は西暦4桁、月・日は各2桁づつがよくはないか。もしかしたら1800年代のものを引用する場合もあるかもしれません。例) 1865.08.09

賛成です。

>*2:傍点がある場合は、傍点がふってある部分を{}(半角)で括るのはどうでしょうか。普通は文章中にあまり出てこない記号だと思います。

賛成です。

>*3:キーワード(引用文中には出てこないけれども検索の際には必要な言葉)は、全角中黒でわかち書き
 (普通は半角カンマで羅列する場合が多いと思いますが、すでに半角カンマが使用されているため)

名案です。

>*4:該当する部分がない場合、半角カンマと半角カンマの間に半角スペース
  データ案(1)の場合、孫引きではないので、孫引きの部分が半角カンマの間に半角スペースが入っています。

賛成です。入力する人が間違えやすいところだとは思いますが。



村田君 投稿者:根石吉久 投稿日:2009年 1月 9日(金)05時27分23秒   通報
<(あれば)孫引きの出典>
 これもわかりにくいです。孫引きの「出典」はなんらかの形で「ある」んです。
 孫引きの「原典」ていうのは、なかなかわからない。同じエッセイや論文がいくつもの本に載っている場合が多いはずです。「原典」というのは雑誌初出のも のになるかというとそうでもない。単行本に載せるときに、著者が手を入れて書き直したりすることが多々あり、引用する人は単行本から引用することが多い。
<孫引きの文の著者による書籍名(またはタイトル)>はどうでしょうか。



試案 投稿者:根石吉久 投稿日:2009年 1月 9日(金)05時33分55秒   通報 編集済
全角番号------------------------------------------------------
引用されている文章の著者名, 孫引きの場合は引用文の著者による書籍名(またはタイトル), 引用に使用している書籍名(著者・出版社 発行年月日 第○刷)引用ページ, 引用年月日, 引用者, キーワード1・キーワード2



素読用データ 投稿者:根石吉久 投稿日:2009年 1月 9日(金)06時02分44秒   通報
7------------------------------------------------------
ニーチェ,善悪の彼岸(竹山道雄訳),「マルクスその可能性の中心」(柄谷行人・講談社学術文庫 19900710第一刷)140,20090109,根石吉久,共通の文法・インド・ゲルマン・ウラル・アルタイ・主語

インド・ギリシャ・ドイツのすべての哲学的思考に通ずるおどろくべき血縁の類似は、簡単に説明される。ここには言葉の類縁がある。されば、文法の共通の哲 学によって----すなわち、同じ文法的機能による無意識の支配と指導によって----はじめから、哲学大系が同質の展開と順列をなすべき定めをもってい ることは、避けがたいことである。同時に、世界解釈の他の可能性への道がとざされてあることも、さけがたいことである。ウラル=アルタイ語においては、主 語の概念がはなはだしく発達していないが、この語圏内の哲学者たちが、インドゲルマン族や回教徒とは異なった目で「世界を眺め」、異なった途を歩きつつあ ることは、非常にありうべきことである。



根石さん 江戸の母さん 投稿者:村田 投稿日:2009年 1月10日(土)06時25分30秒   通報
> <(あれば)孫引きの出典>
> これもわかりにくいです。孫引きの「出典」はなんらかの形で「ある」んです。
> 孫引きの「原典」ていうのは、なかなかわからない。同じエッセイや論文がいくつもの本に
>載っている場合が多いはずです。「原典」というのは雑誌初出のものになるかというとそうで
>もない。単行本に載せるときに、著者が手を入れて書き直したりすることが多々あり、引用する
>人は単行本から引用することが多い。
><孫引きの文の著者による書籍名(またはタイトル)>はどうでしょうか。

「孫引きの出典」と書いた部分は、
>3------------------------------------------------------
>小林秀雄,「様々なる意匠」,「マルクスその可能性の中心」(柄谷行人・講談社学術文庫 900710第一刷)からの孫引き,p.27,090107,根石吉久
だと「マルクスその可能性の中心」の部分のつもりで書いたのでした。引用している人が引用している本だとかになるのか?というようなことを考えていて、よ くわからなくなってきて「孫引きの出典」という書き方になったんですが、「孫引き」の意味が違ってますね。

データのテンプレートはこんな根石さんの提案された
>全角番号------------------------------------------------------
>引用されている文章の著者名, 孫引きの場合は引用文の著者による書籍名(またはタイトル), 引用に使用している書籍名(著者・出版社 発行年月日 第○刷)引用ページ, 引用年月日, 引用者, キーワード1・キーワード2
の形でいいと思います。
年月日の書き方は、2009年1月10日→20090110でいいと思います。ピリオドを打つのは入力者にとって手間になりますもんね。
この形で以後入力していくといいと思いますがどうでしょうか。

江戸の母さん
コメントありがとうございます。
半角カンマをきちんと打ってもらうのが大事なところですね。慣れるまで面倒かもしれませんが。





英語嫌い様 投稿者:根石吉久 投稿日:2009年 1月11日(日)14時30分22秒   通報 編集済
 やってみられて、やりたくないと思われたらいつでも抜けられるといいと思います。
 ときどき、自分が気に入った本から文章を引用してこの掲示板に掲載してくださっていたので、そのまま流れてしまうのはもったいないと思ったのでした。そ れをそのまま素読用の素材にできるのではないか、と・・・。

 私も時々しか参加できないようになるような気がしています。(春から秋は畑の草と格闘しますので、疲れてしまって参加できない日が出てくると思っていま す。)